夢と現実いったりきたり

ミュージカル『マチルダ』

@東急シアターオーブ

 

STORY

5歳のマチルダは、図書館にある難解な本も全部読みつくしてしまうほど、高い知能と豊かな想像力を持った少女。しかし両親はそんなマチルダに関心を全く示さず、家庭は辛い場所だった。図書館に居場所を求めたマチルダは、そこで教師のハニー先生に出会う。
翌日、マチルダとハニー先生は学校で再会する。ハニー先生はすぐにマチルダが「天才」である事に気づき、その才能を伸ばしたいと願う。しかし学校は、校長先生のミス・トランチブルが恐怖で子どもたちを支配する「監獄」のような場所だった。
チルダは自らが持つ不思議な力を駆使して、子どもたちを苦しめる大人たちに仕返しを試みる。自身も苦しい子ども時代を過ごしたハニー先生は、マチルダの良き理解者となり、いつしか二人の絆は固いものになっていく――。

CAST

寺田美蘭/小野田龍之介/昆夏美霧矢大夢/田代万里生⇒斎藤准一郎*1/岡まゆみ

 

感想

 とても楽しみにしていた作品。初見で観たかったので、Netflixの映画版を見るのも控えておいた。内容を詳しく知らないのに楽しみにしていた理由が、♪Naughty というナンバー。制作発表の歌唱で初めて知って(もしかしたらこれまでに聴いたことくらいはあったかもしれない……けど、歌詞を知ったのは初めてだった)観ておいた方がいい気がした。「人魚姫*2ロミオとジュリエットといった物語の主人公たちがたどる悲劇的な運命をなぜみんな変えようとしないのか。正しくない/不公平なことは変えなければならない。シンデレラみたいに魔法使いがあらわれて救ってくれるのを待つんじゃなくて自分で動くべきだ」という内容で、どんな状況で歌われる曲なのかも知らなかったけれど、いまの自分(たち)に必要な勇気をくれる曲だなーと思ったのです。

 

 生まれた瞬間から両親に存在を否定され続けてきたマチルダが、♪Naughty で歌われる通り、自分の不公平な人生を書き換える話……というと少し語弊があって、実際にマチルダが書き換えたのは小学校で出会ったハニー先生の人生だから。

 家に居場所のないマチルダは図書館に通い詰めていて、同世代のこどもより格段に頭がいい。だけど、マチルダの頭の良さを両親は決して認めない。図書館で働いているフェルプスさんはマチルダを奇跡として扱ってくれるけれど、マチルダの家庭環境を「ふつう」の家庭だと信じているフェルプスさんに対して、マチルダは本当のことを話せない。これは現実でも往々にしてあることだと思う。「この人はきっと『ふつう』の人だ」と思うと、自分の「『ふつう』でない」部分を見せられないことがある。フェルプスさんはいい人だ。だけど話せない。ハニー先生はそんなマチルダに初めて手を伸ばしてくれた人。ハニー先生から、マチルダのためにできる限りのことをしようと思う、と告げられて、ハニー先生にぎゅっと抱きついたときのマチルダの姿が忘れられない。マチルダは「賢くてひとりでも現実に立ち向かっていける強い子」という一面ももちろんあるかもしれないけれど、やっぱりこどもはこどもなのだ。「ひとりでも立ち向かっていける」んじゃなくて、ハニー先生と出会う前の彼女は「ひとりで立ち向かうしかなかった」んだ、ということに気がついたあとに♪Naughty を聴くと、響きが違ってきこえる。〈誰も動いてくれないし 変えられるのは自分だけだし〉なんて、本当はこどもに歌わせちゃいけない。最初はそんなふうに歌っていたのに、蓋をあけてみたら「マチルダとハニー先生がお互いのために動き、お互いの人生を変えて、手を取り合って生きていく物語」だったというのは、その方が「正しい」からそう書き換えたってこと、だと思う。もちろん♪Naughty は相変わらず好きな曲だけど、この曲は単体で完結するわけではないのだな。

 トランチブルを撃退する決定的な方法がマチルダの超能力だったことに対して、こどもが大人の理不尽な支配から抜け出すのってマジックパワーでもなければ難しいのか?  と考えて本筋じゃないところで少しつらくなったりもしたんだけど、ここはなんでなんだろう。誰しもシンデレラみたいに助けてくれる魔法使いがいるわけじゃない、って言っていたマチルダ自身がハニー先生の魔法使いになるってことなのか? マチルダが超能力ではなく自分の努力と賢さによって家族を助けたことで知識や学びが肯定されるのはよかった(かなりコメディして回収されてたけど)。学びが肯定されてると泣いちゃうよね……。

 演出については、海外の演出を完全にそのまま持ってきている、という感じなのかな。無駄な時間ができないようにみっちりと詰められた密度の高さで見応えがあった。クオリティも物語も「安心して観られるミュージカル」という感じ。(アフタートークで小野田くんが似た趣旨の話をしていたけれど)歌詞や台詞のひとつひとつの言葉を落としてはいけない作品なので、演じる側はすごく気をつかうだろうし、訳詞もものすごく難しいだろうなと思った。♪School Song(順番にアルファベットが出てくる)なんかは本当に大変な仕事だと敬服した。

 とてもよいミュージカルだったけれど、「お話」を観ている、という感じが終始あった。劇場で舞台を観ていると舞台上の出来事が現実に迫ってくる、自分が客席にいるという感覚を忘れる、ということも多いのだけど(感覚的なところだから難しいけれど、没入感とはまた違う感覚)、観ている場面に枠がついて見えているというか、あくまでこれが「お話」であることを意識しながら観ていたな、と。ファンタジー色が強かったからかな? 

 昆ちゃんハニー先生の歌の表現が本当によくて、小野田トランチブルオンステージも楽しかった。そして子役のパワーがあふれている、広く長く観られてほしい作品だった。

*1:休演による代役

*2:原詞ではマザーグースジャックとジル