夢と現実いったりきたり

宙組「カルト・ワイン」

@東京建物ブリリアホール

 

STORY

21世紀初頭のニューヨーク。狂乱のヴィンテージワイン・オークション会場に華やかに登場するのは、高級スーツに身を包んだヒスパニック系の男、カミロ・ブランコ。誰もがその名を知る、若きワイン・コレクターだ。羽振りの良さ、膨大な知識、確かな舌、上品な物腰と人懐っこい性格で信用を得たカミロのコレクションに、人々はこぞって高値をつけていく。
だが、そのほとんどは安ワインをブレンドして作られた偽造品で、カミロという名も偽名だった。
彼の正体は10年前に貧しい中米の国・ホンジュラスから入国した不法滞在者、シエロ・アスール。マラスだった彼は、殺るか殺られるかの暮らしから抜け出すため、幼馴染のフリオと共に命懸けの旅に出たのだった。
シエロは何故ワイン偽造に手を染め、如何にして業界を揺るがすワイン詐欺師となり得たのか?
貧しい一人の青年が、被害総額1億ドルの偽造ワイン事件犯として投獄されるまでを描いた、ちょっぴりビターなスウィンドル・ミュージカル!  

 

 

感想

 前作のデビュー作「夢千鳥」を見て演出がうまいなと思っていた栗田先生の新作。演出はいいのだけど芝居の結び方がいまいちな印象があったので、2作目でどういう先生なのか判断したいなと思っていたのです。完璧な作品ではないけれど、今作の着地点はわりと好きだったかな……。

 マラスであること、難民であること、そうしたラベルで差別されてきたシエロも、オーダーメイドのスーツを身にまとい、カミロという新しいラベルに貼り替えればどこの御曹司かと持て囃されるようになる。人もワインも、中身の真贋や価値をわかる人はほとんどいない。世の中の人は立派なラベルさえついていればそれでよいのだ、しかもみんなそれで幸せになっているのだからなにが悪いんだ、という考えに呑まれそうになるシエロ。主に一幕で描かれる、難民への差別や労働問題に一家言あるんだろうなという描写は好き。主義主張を伴う作品を愛しています。シエロのキャラも桜木ずんさんへの萌えが感じられてよかった。「かわいい先生」とかね……。好きなんだよな桜木さん。桜木みなとに騙されたい!って言いながら観にきたもんな。話が逸れた。

 シエロが道に迷うとき、いつも頬をひっぱたいてくれるのが親友であるフリオ。フリオはいつも正しいことを言う。シエロが自らを犠牲にしなければ妹の手術代は工面できなかったんだと思うと難しいものがあるけれど、実直な男は嫌いになれない。フリオのアマンダへのバックハグは正直結構ぞっとするんだけど、同時に萌えもあるという新体験だった。観劇中何度ももえこちゃんーーーーッッッて心の中で絶叫したからね……。シンプルにもえこちゃんのファンです。もえこちゃんがブリリアの音響に完全に「勝って」いたので最高だなと思いました。もえこちゃんであればブリリアでも安心して観に行けるよ。また話が逸れた。

 シエロの逮捕劇については、「芝居の幕引きは自分で決める」という台詞通り、シエロ本人が仕組んだことだという理解をしている。もうこの芝居を降りたいと思ってもチャボの支配下にある以上勝手に舞台を降りることはできないので、「役者が死ぬ」くらいのことを起こすしかない。そこであの逮捕劇を考えつく。自分を告発する役割をフリオに任せようにもフリオの性格上簡単にはいかないので、フリオの愛する女にコナをかけ、無事に逮捕される……という流れ。隠し金のありかを記したロザリオをフリオに託して、十年後に迎えにくるように約束させる用意周到さもシエロの計画っぽいなと思う。これであればアマンダがフェードアウトするのにも納得がいく。このへんがすごく「勝ち逃げBL*1っぽいな」と思った。ただ、BLとしては好きだけど、アマンダの扱いが微妙なのがなんとも……。フリオの父や妹もそうだけど、ほとんどのキャラクターが装置として扱われているように思えたのが残念。

 シエロが「人間の価値を決めるのは他人じゃなくて自分だ」という結論に至るのは好きなんだけど、テーマの掘り下げ方は物足りなく感じた。そのせいで裁判でのシエロの発言がちょっと浮いて聞こえてしまうのが惜しい。やっぱり作劇より演出の人なのかな……。演出は期待通り楽しかったので飽きずに観られた。ブリリアの縦長の空間を活かしていたのがよかった。ショーアップもうまい。特にプロローグがめちゃくちゃよかったです。

 いろいろ言ってるけど、別に作品として悪くはないんですよ。次の作品が栗田先生ですって言われたら心配せず待てるし友達連こうかなって思えるし。ただ、わたしが個人的に強烈に愛してしまうタイプの作品ではないというだけで……。

*1:勝ち逃げBLの例:新井煮干し子『先輩は女子校生』