夢と現実いったりきたり

ミュージカル『RENT』

@シアタークリエ

 

STORY

1991年、ニューヨーク・イーストヴィレッジ。映像作家のマークは、友人で元ロックバンドのボーカル、ロジャーと古いロフトで暮らしている。夢を追う彼らに金はない。家賃(レント)を滞納し、クリスマス・イヴにもかかわらず電気も暖房も止められてしまう。恋人をエイズで亡くして以来、引きこもり続けているロジャー自身もHIVに感染しており、せめて死ぬ前に1曲後世に残す曲を書きたいともがいている。ある日、彼は階下に住むSMクラブのダンサー、ミミと出会うが彼女もまたHIVポジティブだった。一方のマークはパフォーマンスアーティストのモーリーンに振られたばかり。彼女の新しい相手は女性弁護士のジョアンヌだ。仲間のコリンズは暴漢に襲われたところをストリートドラマーのエンジェルに助けられ、二人は惹かれあう。季節は巡り、彼らの関係もまた少しずつ変わってゆく。出会い、衝突、葛藤、別れ、そして二度目のクリスマス・イヴ……

CAST

花村/古屋/遥海/SUNHEE/RIOSKE/鈴木

 

感想

 東宝制作の『RENT』は2015年版から毎回観ているので、ストーリーや演出について改めて書くことは特にないのだけど(演出もずっとマイケル・グライフだし、ほとんど変わってない……はず。毎回一度しか観ていないので自信はない)、個人的に今年は『RENT』の作者ジョナサン・ラーソンの自伝的ミュージカル映画『Tick, tick...BOOM!』を視聴してからの観劇だったので、楽曲や込められたメッセージがより一層受け取りやすかった。あんまり作者と作品を紐づけて語るのもどうかとは思うが、『RENT』に関しては2015, 2017, 2020, 2023と四度目なので、そういう切り口で見るのもありなんじゃないかと。いわゆる「RENTヘッド」ではないのだけど、特別好きな役者が出ているわけでなくても『RENT』が上演されるなら観に行こうと自然と思うくらいには好きな演目。

 1989年当時の「いま」を描いた作品だから、現代のスピード感からするともはや古典と呼んで差し支えないと思う。実際、1989年のニューヨークの話なんて2023年に日本人が前知識なしで観たらきっちり理解できるものではないし、(今年のパンフレットは読んでいないからわからないけど)パンフレットに用語集を載せる必要がある作品なのだけど、その一方で『RENT』が伝えるメッセージは色褪せない。それがこの作品の持つパワーだと思う。

 普段から映画版のサントラを聴き込んでいるほど楽曲も好き。ただ、劇場で聴くと歌詞が聞き取りづらいものもある。特に♪RENT は曲調と訳詞の問題もあるのか、歌詞はあんまりわからないな、と思いながら聴いているけど、あのイントロとライティングを浴びたときの「ついに始まった!」というわくわく感が上回る。一言一言を落とさずに伝えるような演目でもない、というのもあるし。あとは『RENT』が(一応マークが主人公とされてるけど)群像劇だからなんだけど、それぞれの物語が同時進行したり複雑に絡み合う曲も多いので、一回観るだけではすべてを完璧には理解できないのだけど、そういう曲こそ面白くて好きで。むしろ、だからこそ『RENT』のキャラクターたちの誰もが脇役にならずに群像劇たりえているという因果関係なのかもしれない。♪Christmas Bells とか本当に素晴らしい曲だと思う。

 今回は実はキャストにこだわってチケットを取ってみた。といっても、「可能な限り見たことのないキャストの組み合わせ」という方面のこだわり方なのだけど。幸運なことに2020年も中止になる前に観劇することができたので、今回はそのとき見れなかった逆のキャストがほとんど。わたしはマークへのこだわり……というか村井良大という強固な理想像があるので、なかなか理想のマークには出会えないなと思ってしまうところはあるけど、他のキャラクターについては比較的いろいろな解釈を楽しんで見られるから演じ手が誰であっても楽しい。古屋ロジャーは、ロジャーに対して「ガキだ!」と思ったのが初めてだったし、そんなロジャーを引っ張って包み込める強さとパワフルさのある遥海ミミという組み合わせがけっこうはまっていたと思う。遥海ミミは強いんだけど、その強さの内側にある叫びみたいなものを感じて初めて♪Out Tonight で泣いた。

 RIOSKEエンジェルはかわいさや柔らかさよりもかっこよさが目立つのが新鮮なエンジェルだった。エンジェルは一番好きなキャラクターというわけではないのだが、エンジェルの死というのは『RENT』におけるストーリーの転換点になるので、今回のエンジェルのことも愛せるだろうか? と毎回どきどきする。他のキャラクターによるエンジェルとのエピソードや、コリンズの♪I'll cover youリプライズで心が動かされるかどうかは(他の役者の力量ももちろんあるけど)やっぱりエンジェルをどれだけ愛しく思えるかにかかってるから。でも人によって全然違うアプローチなのに、毎回しっかり愛しくなるから不思議。

 あとはやっぱり吉田ベニー!『RENT』ではマークとベニーが好きなので、ベニーの動きを追って見る場面も多かったのだけど、吉田ベニーって特に憎めなくてかわいげのあるベニーだなと思う。ベニーはいいやつというわけではない(ホームレスを排除したり、ミミとの関係を嫌なかたちで暴露したりとかは最悪)けれど、ただのイヤなヤツ、というあり方はしてほしくない。サイバースタジオの話も、マークたちを立ち退かせるための方便じゃなくてベニーなりに現実に立ち向かうための選択だったということが台詞や態度に滲んでいてほしいので、吉田ベニーのかわいげはけっこう好きだった。基本輪から弾かれてしまうので、話にがっつり絡んでくる場面は限られているけど、よくよく見るといろんな曲に登場して一緒に歌ってたりもする。♪Will I を歌うベニーの姿に、ベニーの無くした尊厳のことを考えてしまう。これ同じことを毎回言ってる気もするけど……。

 結局、今年も泣くべきところで泣いた『RENT』だった。これからも上演のたびに観に行くことになる演目だろうし、次に来日版があったらそれも観に行きたい。日本版のキャストも好きなんだけど、どうしても人種の多様性が出づらいキャスティングになってしまうのが歯がゆいところなので……。ところでここまで書くタイミングがなかったので最後に書くけど、アンサンブルキャストの中でも長谷川さんとチャンへさんが特に良かった。歌声が響く人はいいな。