夢と現実いったりきたり

ミュージカル『太平洋序曲』

@日生劇場

 

STORY

時は江戸時代末期。海に浮かぶ島国ニッポン。
黒船に乗ったペリーがアメリカから来航。
鎖国政策を敷く幕府は慌て、浦賀奉行所の下級武士、香山弥左衛門(海宝直人・廣瀬友祐)と、鎖国破りの罪で捕らえられたジョン万次郎(ウエンツ瑛士・立石俊樹)を派遣し、上陸を阻止すべく交渉を始める。
一度は危機を切り抜けるものの、続いて諸外国の提督が列を成して開国を迫りくる。

目まぐるしく動く時代。
狂言回し(山本耕史松下優也)が見つめる中、日本は開国へと否応なく舵を切るのだった。

 

感想

 山本・廣瀬・立石回、松下・海宝・ウエンツ回で2回観劇した。海宝くんを観ておきたいというのと、『鎌倉殿の13人』であまりに男役すぎると身内の間でだけ話題になっていた山本耕史をせっかくミュージカルで見れるというのと、ミュージカル『東京ラブストーリー』でわたしを夢中にさせてくれた廣瀬への感謝と……と考えていたら全キャスト見られる組み合わせでうまいこととれた。音楽はスティーヴン・ソンドハイム、脚本はジョン・ワイドマン、演出はマシュー・ホワイト。今回のプロダクションは梅芸とイギリスのメニエール・チョコレート・ファクトリー劇場の共同制作らしい。「初の」コラボレーションと言うからには今後も継続してやっていく計画があるのかな?

 「アメリカ人が作った日本の開国の話」と聞いて、日本という国のあり方がシニカルに描かれるだろうというのは予想がつく。いくら客観視してみたところでわたしは日本という国の内側で生まれ育った人間なので、外側からどんなふうに描かれるのか、というところに興味があった。曲もソンドハイムだし、キャスト的にも外さないだろうと。余談だけど、クリエでジョナサン・ラーソンの『RENT』、日生でソンドハイムの『太平洋序曲』が同時に上演されていたのがうれしい。

 と、期待値は高かったのだが、終演後に頭を占めていたのは「これはどう見るべき作品なのか」という困惑だった。途中まではやや気になるところ──たとえば妻・たまての死に方(ショーアップされる女の死!)、♪Please Hello に見られる各国のステレオタイプな表現(風刺画のようなものだと思えばいいのだろうか?)、香山と万次郎の関係性を見せたいのか見せたくないのか判断がつきかねるキャラクター描写など──はありつつも、演出がミニマルで綺麗だなと思っていたのだが、ラストの♪Next で急にものすごくダサい映像演出が出てきて愕然とした。演出がダサいのは一旦置いておくとしても、この♪Next という曲が皮肉としてきっちり効いていないというのが問題だと思った。ここをしっかり皮肉として効かせないと、「欧米列強から無理に開国を迫られた日本が自らも帝国主義に染まり、アジアを侵略しようとしたことを肯定している」という受け取り方が可能になってしまうから。『太平洋序曲』では日本の(はたから見たら)おかしなこだわりを皮肉りつつも、そんな日本に表向きは甘い言葉で近寄りながら開国させた帝国主義の暴力性も描こうとしている*1のは明らかなので、観客全員が♪Next を皮肉として受け取れなかったら失敗だと思う。

 狂言回しが紹介してくれる日本って変な国!描写(♪The Advantages of Floating in the Middle of the Sea)は笑えたけど、♪Welcome to Kanagawaはグロテスクで笑えなかった。開国を商機ととらえたおかみが田舎の少女たちをつかまえて芸者として仕込む、って描写は正直現代の日本と遠くないところにあるからきつい。きついなきついなと思っていて、少女たちのおてもやんメイクとか男性が一人混じって演じてるのとかはどういう意図なのかつかみ損ねた。

 「お話」に没入して楽しむタイプの作品ではないので、集中力が続かないとなかなかしんどいかも。当日のコンディションが万全ではなかったとはいえ*2、2回目の観劇ではうつらうつらしてしまったのが残念。個の人間を描く芝居ではない中、香山と万次郎の関係性だけは少しウェットに描かれるものの、そこは個を描ききれないならいらなかったような。関係性を見せるなら万次郎の大和魂への目覚めに脈絡が見えないといけないと思うし。香山と万次郎が逆(というのも正確な表現ではないが)の人間になっていくというしかけそのものが大事なのであってふたりの人格は大事ではない、と考えないと、人間の描写がものすごく下手な脚本ということになってしまう。ふたりの最後の対決もチャンバラショーを見せたかっただけじゃない? って穿った見方をしてしまったのだけど、実際のところどうなんだろう。チャンバラとたまての死に姿が出てきたところでちらっとオリエンタリズムが過ぎったかも。

 ただ、曲や歌唱にはかなり満足だった。プリンシパル以外のキャストもみんなうまくて、音楽の意図を正しく伝えられるキャストが演じるとこんなにも気持ちよく響くものなんだなと感動した。特に♪Four Black Dragons 冒頭の漁師ソロを担当していた染谷さんが本当に素晴らしかった。観に行くか迷っていた『ダーウィン・ヤング』(2023年6月上演)にも出演されると知って、すぐにチケットをおさえた。曲はやっぱりソンドハイム自身もお気に入りだという♪Someone in a Tree が美しくて面白くて好き。ダイヤモンドの「クイズ王」というネタがあるのだけど、それを彷彿とさせるような、結局何も明らかにならない曲。

 キャスティングでいうと、朝海ひかるさんを将軍に据えた意図がいまいちわからなかった。コムさんはそれはそれはかっこいい男役さんだったのだが(わたしは歴代の雪組トップが本当に好きなのです)、そのバックグラウンドが活かされる役柄でもないし、「元男役」ではなく女性が演じることによる効果も考えたけどあまりわからなかった。迫られる女のたとえ、とかも考えたけど、じゃあ可知さんの老中はどうなるんだという話なわけで。過去の公演でオールメールでやっているのは歌舞伎を意識した演出だってわかるんだけど……単に男女比率の問題なのかも。山本耕史はかなり男役ポイント高くてよかったです。

 

*1:♪Please Hello での各国の描き方や、米国人が日本人の女性に甘い言葉で近寄って乱暴を働こうとする♪Pretty Lady が挿入される

*2:ジキハイとのマチソワだった