夢と現実いったりきたり

phenomenon

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ねぇ、I must say love you?/SixTONES新曲「Rollin'」の歌詞の意味を考える

 SixTONESの新曲、「Rollin'」が少クラで初披露されました。せっかく初披露なんだから6人でやってほしかったなあ、とか思っていたけれど、きょもれあの絡みで血管が破裂したからもうなんでもいいです。歌詞が一部変わってた*1のだけはなんで!? ってなったけど。

 

 さて、単独の本編ラストを飾ったこの「Rollin'」の歌詞について、いろいろ思うところがあったので、私なりにざっくり考えてみたいと思います。英語と古文は雰囲気で訳せ!(学生は真似しないでください)

 

前提:「キミ」が指すもの

 まず、この曲における「キミ」は誰を指すのか。私はファンだと思っています。単独でこの曲を聴いて、そう思わざるをえなかった。単純に「ボク」と「キミ」のラブソングだとすると世界観がガンダムとかそういう感じになっちゃうじゃん?(それもありかもしれないけど)以降、「キミ」=ファン、という仮定のもと、考察を進めていきます。

 

「ボク」の決意

 「Rollin'」の語り手である「ボク」とは一体どのような人物なのか。

 まずは冒頭の台詞。

 

Yeah

I know

There's no turning back

There's no turning back

 

 「ああ、わかってる。もう後戻りなんてできない。もう振り返ったりなんかしない」。彼がいま、人生の岐路に立ち、腹を括って前に突き進む決意をしたのだと読めます。“There's no turning back”=後戻りできない、ですけど、二度目は果てしない決意と、自分へ言い聞かせる意味合いが込められているように感じます。「キミ」=ファンだと思ったのはここの台詞が大きいです。単なる恋愛で“There's no turning back”って、駆け落ちでもすんのか?ってなるじゃないですか。知らんけど。

 

 では、彼の決意とはどんなものなのか。

 

Take the way 夢希望も踊れる

 

 

 「夢希望も踊れる」、そんな道を進む選択をしたのだと彼は語ります。ただそれだけ。多くを語ってはくれません。「夢希望も踊れる」道とは一体なんなのか、そう考えたときに、やはり「アイドルとして生きていく選択」というのが、ぴったり当てはまると思うのです。

 

「ボク」と「キミ」の関係 

 次に、「ボク」=アイドルと「キミ」=ファンの関係について考えます。「ボク」と「キミ」はどのような状況に置かれているのでしょう。

 

I can't get you off my mind

I just wanna see ya

I just want you closer

 

消えないで

We roll, We roll, We're rollin' on, Far away baby

 

 

 上記、特に太字の箇所から、「ボク」と「キミ」の間には物理的距離があることがわかります。では、なぜ「ボク」と「キミ」は会えないのか? それは「ボク」と「キミ」が、あくまで「アイドルとファン」の関係だからです。

 アイドルとファンが会えるのは、コンサートの場のみです。そして、「ボク」=SixTONESはジャニーズJr.という不安定な立場です。彼らと次いつ会える、という確約はありませんし、それは彼らにとっても同じこと。私たちがアイドルに対して「消えないで」と願っているとき、彼らも同様に願っているのかもしれません。「ボクらは前に進み続けるから、お願いだから消えないで」と。

 

 「ボク」から見た「キミ」について、もう少し考えを進めます。

 

You got a my anything yesterday

It was the night on the ship It's fun day

You told me how I should be

I wonder You were going out there

 

 “on the ship”から、大海原への船出のイメージを受けました。事務所に入って、芸能界という大海原に乗り出したとき、応援してくれるファンと出会って「アイドルとしてどうあるべきか」を考えるようになった。自分を応援してくれるファンはなんで同じ船に乗る=自分を応援しようと思ってくれたんだろう? と回想している箇所だと捉えられます。“It's fun day”が切ない。きっと初めは右も左もわからないけれど、とにかくわくわくして楽しいだけだったんだろうに、今はただ「楽しい」だけではなくて。それでも「ボク」が決意を固めたのは「キミとの思い出」があるからなのでしょう。

 

Remember our memories

キミとの思い出

明日に向かう 廻る世界

キミもボクも廻り続ける

 

 思ったようにいかないことも多々ある世界で、それでも“our memories”を糧に明日に向かっていくと。余談ですけど、ここは厨二病感があっていいですよね。 

 

 このように、「ボク」のある意味での弱さが描かれているわけですが、一方で強がる姿も描かれます。

 

I can't say that I think of you

When I felt Lonely and sad

キミに泣いて泣いてなんかない

 

 曲中ではかなりストレートに「キミ」へのお気持ちを表明している「ボク」は、きっと普段は「キミ」に弱さを見せないように努めているんだろうなと推測できます。オタクはこういう強がってる男の背後に見え隠れする弱さに弱い*2「キミに泣いて泣いてなんかない」の最高の強がりパートが北斗くん担当なのがグッときます。天才のパート割。

 

 そして極めつけはサビの終わり方。

 

ねぇ、I must say love you?

キミの姿、浮かんでる

今の気持ち泣いてないって

 

  「ねぇ、愛してるって伝えなきゃダメかな?」って、こんなずるい告白がありますか。「ボク」は絶対に“I love you”なんて言葉で伝えない男なんですよ。はぁーーーーーーーたまらん。って最初に聴いたときからずっとため息ついてる。左腕に“I must say love you?”って彫りたい。めちゃくちゃ個人的な話になるけれど、城ホのMCでかなりショックを受けて*3茫然としながら「Rollin'」を聴いて泣きそうになっていたんですが、「キミの姿、浮かんでる 今の気持ち泣いてないって」でバ、バカヤローーー!俺らは泣いてないんだからお前らも泣いたりしないよな!って脅されてる気分だよ!ってなりました。

 「キミに泣いて泣いてなんかない」と自分の涙を否定した「ボク」が、自分がした選択を「キミ」はきっと受け入れてくれる、と確信をもっているのがここの歌詞だと思います。なんという信頼。

 

 そう、「Rollin'」は、アイドルからファンに向けたとんでもないラブソングなのでした。「ボク」の考え=SixTONESの考え、というわけではないとはわかっていても、単独コンサートの本編ラストにこの曲(しかも初披露)をもってくるなんて、一世一代の告白すぎてクラクラします。デビューコンで歌われたらエモい曲は「BE CRAZY」「Beautiful Life」だと思ってたけど、「Rollin'」がスターダムを爆速で駆け上がってきました。絶対デビュー2019。

 

 

*1:「We're on, we're on, we're lonely」→「We roll, we roll, we're rollin'」

*2:主語がでかい

*3:5/2昼、前日夜に全員で集まって「これからどうなるんだろうね」と話したらしい

ニューエラ、我々はどこへ行くのか(SixTONES単独公演「CHANGE THE ERA -201ix-」によせて)

平成の世が終わり、時代は令和に突入した。改元にともなうコストを考えると、元号はなくして西暦で統一する方が確実によいとは思うが、それはそれとしても、ビッグウェーブには乗っかりたいタイプなのである。具体的に言えば、改元の瞬間ジャンプしてたから地球上にいなかった〜〜とかヘラヘラ言っていたいタイプなのである。

 

しかし、5月1日は、改元よりももっともっと大切な(私にとっては、である)意味がこもった記念日だった。そう、ジャニーズJr.のユニット、SixTONESストーンズ)の結成日。彼らはその記念すべき日に、大阪城ホールで単独コンサートをおこなっていた。コンサートタイトルは「CHANGE THE ERA -201ix-」。改元というタイミングも相まって、多くのファンは期待を募らせていた。何か発表されるならこの日だろう、と。ジャニーズJr.のファンが期待する「何か」というのは、十中八九デビューのことをさしている(これに関しては主語が大きいとは言えないと思う)。

 

結果から言ってしまえば、この日発表されたのは、ゲーム「モンスターストライク」のテレビCM出演だった。ジャニーズJr.が、おそらくユニット全員で、有名なゲームのテレビCMに出演する、というのは、すごいことだ。業界から、彼らを起用すれば宣伝効果が見込める、と期待してもらえている証拠だ。知名度だってぐっと上がるだろう。あらためて考えてみても、とても喜ばしいことだ。なにを贅沢な!と怒られても仕方がないかもしれない。だけど、発表されたとき、私は脱力してしまった。

 

本編のラストでアップになったメンバーの表情。SNSではさまざまな憶測がなされていたけれど、私は何も言うことができない。彼らの気持ちは彼ら自身にしかわからない。

 

翌昼の大阪城ホールジェシーはソロ前、ぽつりぽつりと語った。昨夜6人で集まって話をしたのだと。自分たちはこれからどうなるんだろうねと。僕たちは頑張っていくから、みんなもついてきてほしいと。

 

胸に鉛が注ぎ込まれたようだった。さして重さを感じさせずにさらりと語られた言葉だというのに、ショックを受けながら、彼が歌うアナザーオリオンを聴いていた。これからどうなるんだろうね。これからどうなるんだろうね。

 

King&Princeがデビューしたとき、岸くん担当の人が、「これでようやく安心して岸担って名乗れる」と言っていたのをふと思い出した。そのときはあまりよくわからなかったけれど、なんとなく頭の隅に残っていた言葉。いまは実感としてよくわかる。ジャニーズJr.というのは、あまりにも不安定な立場で、いついなくなるかもわからない、どこでどうなるかもわからない。そんな不安が常につきまとうのがジュニア担の宿命だと、身に染みてわかる。

 

それでも、いつも前を向いて進んでいるSixTONESの姿に支えられていた。そんな彼らが、漠とした不安を口にしたことがつらかった。いや不安を抱えているのは当然すぎるほど当然なのだけど、本人たちからストレートに言葉にされると、現実を突きつけられて、想像以上にこたえた。

 

デビューなんてCD出すか出さないかでしょ、と思われるかもしれない。だけど、少なくとも私にとっては、なにより重くのしかかる言葉なのだ。

 

他担の「SixTONESほぼデビューしてる」という言葉が苦手だった。褒めの文脈だとは承知の上だけど、現実はデビューしてないんだからさあ、軽々しくデビューって言葉を使わないでくれよ、と思っていた。

 

だけど今回、他でもない自分が、「なんでデビューできないんだろう」と思ってしまった。贔屓目もあるかもしれないけど実力もあって、仙台での追加公演含めて3都市10公演の単独コンサートを埋める人気もあって、もちろん努力だってしていて、彼らはあと何をすれば、夢の入り口に立てるんだろう。ファンはそのために、何ができるんだろう。急激に気持ちが落ち込んでしまって、しばし茫然としていた。コンサート自体はいつも通りとても楽しかったけれど、新曲の歌詞がやたらにグサグサ刺さってしまったりして、おれはメンヘラオタクになりたくねえ!!!って二重の意味で泣いた。

 

だけど、アンコールのラフインザライフを笑顔で歌う彼らを見ながら思った。基本的なところにたち返れば、私は、彼らに笑顔でいてほしいだけなのだ。メソメソ病んでなんていられねえ。There's no turning back.という言葉を彼らの(そして私の)呪縛になんてさせない。力ずくでも希望の言葉にしてやるからな!待ってろよ一億総ズドン社会!

SixTONES【Mr.ズドンがやって来た】みんなで一緒に楽しもう!! - YouTube

 

 

とどのつまり、これは令和時代もSixTONESを応援していくぞというお気持ち表明でした。行っちゃお〜〜

 

Let's Go To Sendai(セキスイハイムスーパーアリーナとの格闘・2019年春)

君はセキスイハイムスーパーアリーナを知っているか?

ーー私は知らなかった。そう、SixTONES単独公演、CHANGE THE ERA -201ix-の追加公演が発表されるまでは。

 

 

ラブストーリーは突然に

ラブ・ストーリーは突然に

ラブ・ストーリーは突然に

  • 松下 優也
  • ポップ
  • ¥250

(なぜか松下優也のカバーバージョンを見つけたのであえてこれを貼る)

セキスイハイムスーパーアリーナくんとの出会いは、突然に訪れた。

それは、横浜アリーナのMC中だった。突如発表された、宮城での追加公演。メンバー自身も同じタイミングで伝えられて、フツーにめちゃくちゃ戸惑っている様子だった。(田中樹氏が発表する前に異常なほど水を飲むなど、戸惑いがリアルタイムで伝わってきてそれはそれで愛おしかったが、正直あの日あの時あの場所にいたオタクたちはみんなデビュー発表を期待してたから心臓に悪いことはやめてくれよなジャニーズ事務所!)

 

追加公演の一報でぶち上がった我々だったが、冷静になってモニターを見ると、そこに映し出されていたのは「宮城・セキスイハイムスーパーアリーナ」の文字。

 

宮城・・・??????

 

 

思わず隣の人と「え、宮城……?」「宮城ですか?」と確認しあった。追加公演は嬉しいが、なぜ宮城?WHY?

 

頭上に大量のクエスチョンマークを浮かべながら、私はセキスイハイムスーパーアリーナくんに出会ったのである。

 

どうして僕たちは出会ってしまったのだろう?

かくして運命的な出会いを果たしたセキスイハイムスーパーアリーナくんのことをもっと知りたい。そう思って情報を集めはじめ、そして、頭をかかえた。

 

わかったのは、とにかく立地がヤバいということだった。

 

グランディ・21 宮城県総合運動公園

公式サイトを見ると、最寄駅である利府駅からなんと徒歩45分。「最寄駅」なんて既成概念に囚われないセキスイハイムスーパーアリーナくんの姿勢が顕著にあらわれている。セキスイハイムスーパーアリーナくんは反骨精神が尋常じゃないタイプのバンドマンだった。なんでだよ!ヤバい男だとわかっていても離れられない女の気持ち。

 

さらに、利府駅からは山道であり、徒歩で向かうのは無謀という情報も得た。先人たちの知見を総合すると、セキスイハイムスーパーアリーナへは下記の3通りが無難ということがわかった。

 

  1. 岩切駅からタクシー(片道15分、2,000円ほど)
  2. 仙台駅からシャトルバス(片道40〜60分、1,000円ほど)
  3. 仙台駅からタクシー(片道30〜50分、5,000円ほど)

 

まず検討したのは岩切駅からのタクシー。渋滞の影響も小さそうだし、2人で乗れば1,000円かからないくらいで行けるから、コスパ的にも良いだろうと思ってタクシーを予約した。しかし待てど暮らせど連絡が返ってこず、不安になって電話をかけると、詳しい話をする前に

 

「あ、コンサートですかー?折り返しの電話ない場合は予約いっぱいでーす」

 

と言われ、一瞬殺意的な感情が湧きかけた。そうならその旨を書いといてくれ。みんな、タクシー予約はとりあえず電話しよう。教訓です。

ここで焦って他のタクシー会社を調べるも、連絡を待っていたタイムロスが響き、岩切駅からのタクシー予約は諦めることに。

残されたのは、仙台駅からシャトルバスに乗るか、タクシーに乗るかの2択。シャトルバスだと時間が読めなさすぎるうえに、多少大まわりになるから時間が余分にかかる、と聞いてタクシー相乗りを探した。4人で割ればシャトルバスと大して値段も変わらないし、すぐ出発できるし、アドバンテージはタクシーにあるはずだ。

 

 

違う、そうじゃない

違う、そうじゃない

違う、そうじゃない

  • 鈴木 雅之
  • J-Pop
  • ¥250

 

舞台は生もの、旅にアクシデントはつきもの。わかっていても、起こってしまうとめちゃくちゃ焦る。

なんと当日、同行者のバスが20分弱遅延した。この時点でもう"詰み"を覚悟したが、なんとかタクシーに乗り込み会場へ向かった。

その後もタクシーは渋滞に巻き込まれ(というかセキスイハイムスーパーアリーナに向かうオタクを乗せたタクシーばっかりだったわけだけど)、結局予定より20分ほど遅れて会場に到着した。途中からセキスイハイムスーパーアリーナ専用みたいな一本道になるの、どうかと思う。

今回は周りの人たちの善意でなんとかなったものの、もし開演時間に間に合わなかったりしたら……と想像するだけで鳥肌が立つ。

 

 

君に巡り会えた それって『奇跡』

キセキ

キセキ

 

アクセスに関しては、本当ーーーーにヤバいし、もう行きたくないとすら思うけど、会場自体はめちゃくちゃ良かった。キャパが狭くて近いし、芝生があるから寛げるし(?)、牛タンも笹かまもおいしいし。

本当にアクセスさえ改善されればね……顔も良いし一緒にいるとめちゃくちゃ楽しいけど、なんせバンドマンだから稼ぎがな……って感じ。静岡のエコパもヤバいらしいって聞くんだけど、なんでみんな僻地にアリーナを作るんだ?

帰りのシャトルバス内で「セキスイハイムスーパーアリーナって実は仙台じゃないんだよ」って聞こえてきてまじかよってなった。調べたら利府町でした。経歴詐称じゃん。

 

とりあえず、セキスイハイムスーパーアリーナに行くときは、

  • タクシー予約は初動が大事、電話をしろ
  • 仙台駅からならすぐタクシーに乗れる
  • 渋滞を見越して+20分くらいで考えろ

ここだけ抑えておけばなんとかなると思う。たぶん。ちなみにオススメの仙台土産は菓匠三全の黄金絵巻です。カロリーって感じの味がする。みんな、買おうな!

 



 

東京で浪費する女/2018年度のまとめ

東京で浪費する女

 2018年の3月末に東京に越してきた。就職に伴う上京、ということになっているが、ほんとうは順番が逆で、上京したかったからこちらの会社に就職した、というのがただしい。私は、どうしても、20代のうちに東京で暮らしてみたかった。地方都市に生まれ育った者が多かれ少なかれ抱く、東京へのコンプレックス。それを拗らせる前に昇華するには、住んでしまうのが手っ取り早いと思ったからだ。

 

 実際、東京だからといって、特別なことが自動的に起こるわけではない。それは越してくる前もわかっていたし、1年こちらで暮らしてみて、余計に思う。どこにいたって、受動的なひとにはなんにも起こりやしない。だけど、特別なもの・ことへのアクセスは、東京のほうが明らかに簡単だ。わたしが演劇やライブに足を運ぶタイプのオタクだから特にそう思うのかもしれないけれど。たいていのイベントごとは、関東で執り行われる。交通費も時間もかからない。すこし電車に揺られればアクセスできるから、日程のこともあまり気にかけないで応募できるのがいちばん楽だ。

 

 すこしばかり困ったことといえば、基本的に友人がみな地元就職で、気軽に遊べるひとが少ない、ということと、娯楽費が跳ね上がったことだろうか。娯楽費については、そもそも自由に使えるお金が増えたこともあるから、まあ、よくはないが、よい。ただ、いろいろ観に行ってはいるのに感想らしい感想も書かないまま放置、というパターンが増えてきているのは、いけない。言語化を諦めてはいけない。そんな気持ちに駆られている、2019年春です。

 

 というか、どんどん文章を書かなくなっているのがまずいなー、という自分の中での焦りがある。なんでもいいから、Twitterみたいな断片的な文章じゃなくて少しでも文脈の発生する文章を書かなければ・・・ということで始めたのがnoteでの日記。

note.mu

 

 ほんとうによしなしごとしか書いてないけど、2019年はできる限りたくさん文章を書くのが目標です。

 

2018年度のまとめ

 さて、そんな2018年度に観たお芝居/コンサートをまとめておく。チケットの半券見ながらまとめる(半券管理が雑すぎて、手元に全部あるのかどうかも謎だけど)。回数見てるものもあるけど、まあ平均月2~3公演くらいのペースのようです。

 

3月

■「ブロードウェイと銃弾」@梅田芸術劇場メインホール

■舞台「Take me out 2018」@DDD青山クロスシアター

tsukko10.hatenadiary.jp

4月

■モダンスイマーズ「嗚呼いま、だから愛。」@東京芸術劇場

■舞台「メサイア-月詠乃刻-」@大阪メルパルクホール

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5月

 ■ミュージカル『テニスの王子様』Dream Live 2018@横浜アリーナ

■イキウメ『図書館的人生  Vol.4 襲ってくるもの』@東京芸術劇場

 

6月

なし(研修で意識を失っていたようです)

 

7月

 ■舞台「半神」@天王洲銀河劇場

帰り道にカナブンが死んでいるのを見たことを覚えています

■ミュージカル『テニスの王子様』全国大会 青学vs氷帝@TDCホール

当日券に並んだら最前ドサイドで虚無の空間を見ることになった

■舞台「消えていくなら朝」@新国立劇場 小劇場

■Summer Paradise 2018 SixTONES公演@TDCホール

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8月

雪組凱旋門/Gato Bonito!!』@東京宝塚劇場

■Summer Paradise 2018 SixTONES公演@TDCホール

 ■ミュージカル『マリーゴールド』@サンシャイン劇場

9月

■「少年たち そして、それから…」@日生劇場

花組『MESSIAH-異聞・天草四郎-/BEAUTIFUL GARDEN-百花繚乱-』@東京宝塚劇場

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10月

■「まさに世界の終わり」@DDD青山クロスシアター

■浅草ロック座のストリップ

 

11月

椎名林檎(生)林檎博’18-不惑の余裕-@大阪城ホール

手旗を振るのがうまくなれるのは椎名林檎のライブだけ!

月組エリザベート-愛と死の輪舞-』@東京宝塚劇場

■「Cactus Flower」@DDD青山クロスシアター

 

12月

花組全国ツアー『メランコリック・ジゴロ-あぶない相続人-/EXCITER!!2018』@富山オーバードホール

わくわくヅカオタ(との)旅行!

■舞台「Johnnys' King&Prince Island」@帝国劇場

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■柿喰う客「美少年」@Geki地下Liberty

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宙組『白鷺の城/異人たちのルネサンス』@東京宝塚劇場

 

1月

雪組『ファントム』@東京宝塚劇場

■舞台「Johnnys' King&Prince Island」@帝国劇場

 

2月

■ミュージカル『テニスの王子様』青学vs四天宝寺@TDCホール

■舞台「メサイア トワイライト-黄昏の荒野-」@サンシャイン劇場

■ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」@東京国際フォーラムホールC

tsukko10.hatenadiary.jp

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3月

■ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」@東京国際フォーラムホールC

■(予定)SixTONES単独「CHANGE THE ERA-201ix-」@横浜アリーナ

 

彼が仮面を外すとき/続・ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」2019

ロミジュリ2019感想の続き。今回はとりあえず、(最愛の)マーキューシオというキャラクターについて書く。今回も勢いでいきます。

 

平間壮一という役者について

そもそも私がここまでロミジュリに熱を上げているのも、すべて平間壮一演じるマーキューシオというキャラクターのためである。マーキューシオが紹介されるとき必ずこう形容されるーー「狂気的」と。確かに、ロミジュリの世界の中でもわかりやすく憎しみが発露したエキセントリックなキャラクターであることは間違いない。しかしそれは表面的なものに過ぎない。「狂気的な役/サイコパス/殺人鬼を演じたい」という、若手俳優の9割が口にする(ガバガバ統計)言葉があるけれども、マーキューシオ含めそういう役柄はフックが多い分、表面的になぞるだけであれば演じるのもそこまで難しくはないのではないか(そしてそれに反して評価や人気は上がりやすいのではないか)と思う。勝手な想像でしかないけれど。だけど彼らの本質まで考え抜いて、ひとりの人間としてしっかり演じられる役者はなかなかいない。平間くんはそれができる役者だった。17年版のお芝居のことを鮮明に思い出すことはできないけれど、こんなにお芝居のうまい役者だったのかと腰を抜かすほどうまかった。歌やダンスももちろん進化していて、大好きなキャラクターをこんなに魅力的に演じてくれる平間くんは最高だし、ながらく「推し」という概念は自分と反りが合わないからと避けていたけど、平間くんのオタクになることを検討するほど素晴らしかったのである。

 

19年版マーキューシオについて

さて、マーキューシオについての私の解釈は17年版のときから大きくは変わっておらず、どちらかといえば「答え合わせ」に近い感覚ではあった。とはいえ、平間くんは私の想定をはるかに上回る回答を弾き出してくれたので、やはり今年のマーキューシオについても書き残しておきたい。

 

「名前」をめぐる葛藤

ロミオとジュリエット」は「名前」をめぐる物語である。「血」とも言い換えられるが、キャラクターはみなモンタギュー/キャピュレットという家の名に踊らされている。"俺はティボルト"ゆえに従姉妹のジュリエットに想いを伝えられない、自由に生きる権利などないと思い込むティボルトはその筆頭で、そんな彼らだからこそ、愛のために容易に家の名を棄て、自分はただ互いの恋人であると言えてしまうロミオとジュリエットは許されず、並々ならぬ敵意を向けることになる。

ただし、マーキューシオの場合は少し事情が異なる。彼は大公の甥であり、その名はモンタギュー/キャピュレットで二分されない。そんな彼がなぜモンタギューに属しているのか、キャピュレットへ人一倍憎しみを抱くのか、という背景について多くは語られることはない。ティボルトへの個人的な憎悪と、ロミオ・ベンヴォーリオへの親愛の情があったことは間違いなく、その辺りは私の勝手な想像で補完するしかないがそれはもはや二次創作の域なので、さすがに割愛する。(知りたかったら個人的に聞いてください……)しかしひとつ言えるのは、彼はモンタギューではないがゆえに、誰よりもモンタギューであろうとしたのだろう、ということだ。名誉モンタギュー、などと言ったらきっとマーキューシオは激怒するだろうが、モンタギューの仮面をつけてモンタギューらしい振る舞いをすることが、マーキューシオにとっての寄る辺だったのだろう。彼の親がどんな人物か私は知らないけれども、叔父である大公は中立を求められる立場の人間であり、昔からマーキューシオの味方になることはなかっただろうと想像できる。大公にも甥への愛はあったことは見ていればわかるが、それでは伝わらないものもある。彼は愛情を希求していた。それを与えてくれたのがロミオや、ベンヴォーリオや、モンタギューの面々だったのだろう。しかし彼には決定的に欠けているものがあった。それが血縁、モンタギューという名前である。その欠落を補うために、彼は誰よりもモンタギューであらねばならなかったのではないか。

 

持たざる者としてのマーキューシオ

マーキューシオがモンタギューという名に執着しているのをよそに、ロミオはいとも簡単にその名を捨てようとする。そう、愛のために。「モンタギューはキャピュレットを憎まなければならぬ」という、モンタギューでい続けるためには破ってはならない鉄の掟を、ロミオは破ってしまう。それはロミオがモンタギューという名を持つからだ。持つ者と持たざる者、ロミオとマーキューシオには、ここで大きな断絶がある。やっとの思いで手に入れた「モンタギュー」というアイデンティティを、根幹から崩されたマーキューシオの自我は崩壊する。『街に噂が』以降、まるで壊れた(ティボルトに言わせれば"壊れすぎ"な)人形のように、憎しみと狂気に操られるマーキューシオの姿は痛々しく我々の目に映る。けれども『決闘』でロミオと対峙した一瞬だけ、マーキューシオはその表情に本心を滲み出させる。ナイフや憎しみや狂気でデコレーションした「道化師」が見せるその一瞬の悲しげな瞳、それこそがロミオにティボルトを殺めさせるきっかけになってしまったのではないかと思うほど、印象的なシーンだった。

 

マーキューシオの死

マーキューシオは死ぬ間際、両家を呪う。それと同時にロミオへ生きろというメッセージを伝える。彼は全てから解き放たれ、安らかに眠る。彼が吐いた呪いの言葉は、字面だけ捉えればマイナスの意味合いを持つけれども、本心ではずっと抱いてきた両家へのコンプレックスを、ようやく素直に表明できたのだ、という、プラスの言葉のように思う。マーキューシオの死からヴェローナの街の悲劇は加速するが、単なる悲劇的な死と思いたくはない。ロミオとジュリエットの愛と死と同じように、マーキューシオの死も、街の狂気を打ち止めるための礎となったのだと私は願う。

 

 

 

 

祈りを込めて灯りを吹き消す/ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」2019

2/24ソワレ、2/27ソワレ@東京国際フォーラムホールC

 

romeo-juliette.com

 

キャスト

24夜:大野/木下/木村/黒羽/廣瀬

27夜:古川/生田/木村/平間/廣瀬

 

2017年版の感想など

ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』感想 - phenomenontsukko10.hatenadiary.jp

ロミジュリについて考えたいろいろ - phenomenontsukko10.hatenadiary.jp

 

感想

ベンヴォーリオの悲しみと孤独について

 最後のエメ合唱で、灯りを吹き消す演出が好きだ。この物語は救いなのだと示してくれるから。両家に「許しあい、手を取りあおう」と説くのはベンヴォーリオ。若者の中で唯一の”生き残り”だ。正直、前回観劇時には、ベンヴォーリオというキャラクター自体にはそこまで印象らしい印象がなかった*1。それが今回、木村ベンヴォを見ていたら、彼の抱く「悲しみ」について考えざるを得なかった。憎しみや怒りが渦巻くヴェローナの街で、ひとり悲しみをたたえるベンヴォーリオはあまりに孤独だった。この人はこんなに不安定な子供だったのかと、愕然とした。今回こんな風にベンヴォーリオについて考えたくなったのは、作品を何周か観たという個人的な要因もあるけれど、木村達成という役者による解釈と表現によるところが大きい。本当ーーーに、たつなりが、めちゃくちゃ良かった!!!(エリザのたつなりルドも楽しみ)

 

 さて、ベンヴォーリオについて考えたい。どうしてベンヴォーリオだけが生き残るのか、ということは前回にも考えて*2、ロミオ-ジュリエット/マーキューシオ-ティボルト/ベンヴォーリオ-乳母が対称になっているから、と落ち着いたところではあり、そこのところは考えが変わっていないのだけれど、それだけじゃなくて、「憎しみ」という血の呪いからいち早く解放されたから生き残るんじゃないか、と思う。

 

 もともとベンヴォーリオは「憎しみ」という感情はあまり出ていないキャラクターではあれど、キャピュレット家との諍いに気楽に参加したり、仮面舞踏会に進んで行きたがったり、両家間で喧嘩を起こすことに関しては躊躇がない。そんな彼に変化が訪れるのはロミオとジュリエットの結婚式の後、『街に噂が』以降である。

 

『街に噂が』

 皆と一緒にロミオを責め立てているものの、「怒り」に突き動かされている他の人々とは違い、ベンヴォーリオの表情は「悲しみ」に支配され、以降、それはずっと変わらない。曲の終わりでも、ロミオを取り囲んで指をさし、敵意を露わにする(マーキューシオは輪には入らないがナイフを突きつけている)皆からは少し離れた位置からロミオを見つめている。口ではロミオを責めているものの、責め切れないのである。

 

『決闘』

 ロミオとベンヴォーリオの二人は、争う両家を止めに入り、“誰もが自由に生きる権利がある”と歌う(これに対してティボルトが“誰もが自由に生きる権利などない”と歌うのがめちゃくちゃつらい)けれども、このときのベンヴォーリオはあくまでマーキューシオ側に寄り添っているという発言がアフタートークであったらしい。確かに、止めに入ろうとするロミオの前に立ちはだかる様子も見られたし、そうなんだろうなーとは思うのだけど、じゃあこのときのベンヴォーリオの叫びは誰に向けてだったのか? ロミオは争いあう人々に向けて叫んでいるけれど、ベンヴォーリオに関してはそうではなくて、自分自身に投げかけているように思える。ロミオとジュリエットの結婚を受けて、彼の中の価値観は崩れはじめた。だからこそ彼はロミオを責め切れなかったのだけれど、生まれたころから植え付けられたキャピュレットへの感情は根強く、まだ完全には受け入れ切れない、というのが本音なのである。

 

『狂気~服毒』 

  マーキューシオ、そしてティボルトの死を経てもまだ争いを止めようとしない両家のはざまで、ただひとり“せめて喪が明けるまで”と争いを止めようとする。“喪が明けるまで”というのは、もちろんマーキューシオの死を悼む気持ちも十分にあるだろうが、モンタギュー/キャピュレットという家柄だけで憎みあうその虚しさに完全に気がついている彼にとっては(そしてベンヴォーリオを血の呪いから完全に解放するのはマーキューシオの死なのだが)、何かに操られたかのように争い続ける人々の姿は狂気でしかないのである。曲の終わりにベンヴォ―リオは叫ぶように歌う。“狂ってる”と。このワンフレーズ(というか“る”のハイトーン)が本当に素晴らしく、ベンヴォーリオといえば『どうやって伝えよう』だと思っていたけれど『狂気~服毒』もそこに並ぶほど好きになった。のだけどウィーン版など海外版CDを聴いていてもこの曲が見つけられないのはなぜ!?サーチ不足!? だが、いち早く呪いが解けてしまったがゆえに、ベンヴォーリオは孤独に陥ってゆくのである。マーキューシオは死に、ロミオは国外追放、周りの仲間も狂気のさなかにいる。街全体が黒い炎に包まれたヴェローナで、ただひとり正気を保つことのつらさはいかほどだったのだろう。

 

『どうやって伝えよう』

  孤独に悲しみに沈むベンヴォーリオが、自分に為せること、自分にしか為せないことを為そうと立ち上がるこのソロ曲。17年版は真っ赤な背景に「アダムの創造」の指部分が大写しになっており、それがロミオの死に姿の伏線に……!? という宗教ミュージカル感が出ている演出で好きだったのだけれど、今回はなぜか俺たちの青春メモリー的なチェキがばらばらと出てくる、というなんともいえない味わい深い演出に変更されていて、私はしずかに泣いた。ベンヴォーリオがものすごくいいお芝居をしている後ろにあの演出があると、そっちに目線を持っていかれて集中できない……。無視してベンヴォーリオだけ見てればいいんだろうけど、当方マーキューシオ担(マーキューシオ担?)ゆえ、マーキューシオの写真が見たくてつい見てしまう。しかもキャストごとにちゃんと撮りおろしだから……。まあ演出は置いておいて、ジュリエットの死を受けて、本当にもう自分ひとりしか残されていないのだ、というショックや悲しみから、それをロミオにどうやって伝えたらいいのか? という苦悩を吐露しまくったのち、ロミオに伝えられるのは自分しかいないのだ、と腹を決めたような“伝えよう”のフレーズは思わずぞっとする。

 

『罪びと~エメ』

 霊廟でロミオの遺体を見たとき、ベンヴォーリオはきっと自責の念でいっぱいになったと思う。ロミオの死の直接の原因をつくったのは、ジュリエットの死を伝えた彼自身なのだから。“許しあおう”と歌うベンヴォーリオの泣き出しそうな顔がつらい。そしてこれはロミジュリの話をするとき絶対に出てくる話なのだが、キャピュレット夫妻にキャンドルを手渡すのは他ならぬベンヴォーリオなのである。めっちゃヤバくない!?!? ラスト、祈りをささげるかのようにキャンドルを吹き消すベンヴォーリオの姿を見ていると、彼が今後背負っていくであろう十字架の重たさを考えて泣いてしまう。彼はきっと一生をかけてロミオとジュリエット(そしてマーキューシオとティボルト)の上に成り立った平和を伝えていくのだ。伝えられるのはもう彼しか残っていないのだから。

 

 

 どう考えても木村ベンヴォに対して庇護欲しかない。馬場ベンヴォは結婚したかったのに木村ベンヴォは守ってあげたいしかない。幸せになってほしい。マジで。(お酒が入った状態でロミジュリの話をするとエンドレスこの話になる)三浦ベンヴォだとまたアプローチが違いそうだし、どこかで見れたらいいなと思う。

 

 と、ベンヴォについて書いたところで疲れてきたので、平間マキュが本当ーーーーーに素晴らしかった話はまた別ですることにして、一旦終わりにします。ロミジュリはいいなァ。

 

 

 

 

 

 

 

*1:馬場ベンヴォと結婚したい!!!って駄々はこねてたけど

*2:今回パンフのベンヴォーリオ・マーキューシオ・ティボルト・死のクロストークでちょっと触れられてるところでもある

舞台「Johnnys' King&Prince Island」

12/15(土)17:00、1/6(日)17:00@帝国劇場

 

www.tohostage.com

ストーリー

平成が間もなく終わりを告げ、新しい時代を迎える。

ここはKing&Princeの治める夢の王国。

より良き新時代を迎える為に、

自らを磨き更なる高みを目指すことを決意する王と王子たち。

あるものは庶民の暮らしに溶け込むため、

あるものは歴史を学ぶため、

またあるものはこの王国の最果ての地を目指して旅立つ。

そして、それぞれの学びの先に若者たちの未来を感じ取る。

子供と大人が互いに胸を開き語り合える世の中。

そして2020年、東京を訪れる平和の祭典。

King&Princeの目指す王国の未来は明るい。

平成最後のアイランドは愛に溢れた未来を目指す若者たちの物語。

(『Johnnys' King&Prince Island』公式パンフレットより)

 

 感想

 「2020は、ぼくたちの手に…」

 というパワーワードとともに微笑むKing&Prince、そしてすし詰めにされたJr.たち。それが「Johnnys' King&Prince Island」(通称・ジャニアイ)のポスターの全容である。

 

 私も観劇オタクの端くれなので、舞台の内容がよくわからないままチケットを手配して観劇することもままあるが、ここまで「なんかよくわからんけど説得力がやばい」ポスターは他にない。クレジット的にも最初のポスター*1的にも、自担であるところのSixTONESの出番は少ないんだろうなあとは思いつつ、ジャニーさんが存命のうちに観とかないと絶対に後悔するよなあ、とチケットを手配した。実際、SixTONESは1幕に殆ど出番がなかった。ただ、その代わり……と言っていいのかはわからないけど2幕にたっぷり持ち時間をもらっていて、オリジナル衣装で「JAPONICA STYLE」を披露(+樹の新規ラップ)、さらにはオリジナル曲メドレー(Amazing!!!!!!/IN THE STORMのMix、Hysteria)あり、という至れり尽くせりな感じ。我が軍がかっこよすぎたので過呼吸になった。年末年始におめでたいものを見れて満足。2019年も一緒に駆け抜けていきましょう。

 

 

 さて、雑誌のレポートなんかを読んでいると、ジャニアイは一応3部構成らしい。1幕(1部)がお芝居、2幕(2部・3部)は完全にショー、という感じ。正直1幕もストーリー仕立てのショーだと思って見ないと脳が混乱するけど。

 

ストーリーについて

 1幕は、大人は子供に戻れない=確かに人類の歴史は悲惨な出来事が積み重なって出来ているが、過去には戻れない、しかし子供=未来には無限の可能性がひろがっているのだから、現在を生きる我々がよりよい明るい未来の礎を築いていかなければならない!という、ジャニーズアイランドの精神を教化するものだった。ジャニーズ事務所を多少なりとも追っていれば自然とキャッチできる思想だから敢えてそれを台詞におこさなくても良いのでは!?とちょっと思ったけど、ジャニーズ舞台に求めてるのはこの感じだったような気もする。

 

 ストーリーはあらすじ以上でも以下でもないので、考察も何もないんだろうけど……と思いつつも、なんとなくキンプリが君臨していた時代のJr.帝国を描いているようにも思える。特にぞっとしたのが、(見知らぬ土地に迷い込んで財布をスられる平野紫耀くんの図がミュージカル「ロミオ&ジュリエット」の「携帯が……無い!」のシーンを彷彿とさせると私の中で話題の)ダウンタウンのシーン。(誰も俺たちの争いは止められねえ的対立があまりにもWSS*2ジャニーさんWSS好きすぎ問題でも私の中で話題の)いがさく/はしみずの対立を止めるために紫耀が「俺がこの国の王だ」と名乗り出ると、「お前らは俺たちの苦しみを知っていたか?ただ踏ん反り返っているだけじゃないか」「俺たちは今日を生きるのに精一杯」という誹りを受ける。Jr.の中でも、きれいな衣装を着てマイクを持ってスポットライトを浴びられる人とそうでない人がいるんだよなあということを考えてしまって、必要以上にぞっとしてしまった。もし意図されているんだったらかなり怖い話だけど、まあそんなダークさは意図してないはず(と信じたい)。

 

 ジャニアイについて

 結局のところ、ジャニアイって、各々が今年はこういう仕事やってきました!っていう1年の総決算であり、我々ジャニーズにはこういう技術があります、こういうタレントが所属しています、これがジャニーズです、よろしくお願いします、っていうお披露目の意味合いが強いんだろうなーというのをひしひしと感じた。だからこそなんかよくわからないけど大掛かりな大車輪みたいな装置が出てきたり、色んな種類のフライングをこれでもかというくらい組み込んできたりするんだろうなと。個人的にはめちゃくちゃ楽しかった。普段から少クラでめちゃくちゃ見てるけど、どうしたって現場に行くとなると自分の応援しているユニットに限られてきちゃうから、他のユニットを生で見れる機会にもなるし。例えば、キンプリだったら断然岸くんが好きだけど、今回のジャニアイを見て髙橋海人くんの良さに気づけた!「太古の太鼓」の着物、タイタニックのスターダンサー、ダンス選抜、岸くんとのチェスゲーム、本当に全部良かった。生で見なければ、私が好きなタイプのダンスとお芝居をする子なんだなーというのに気づけなかっただろうし、そういう発見があるのも面白かった。あと「シンデレラガール」が本当にキラーチューンで、曲の強度がものすごい。これが聴けただけで帝劇来て良かったとすら思える。

 

 Tokyo Experienceについては、あ、ジャニーさん、2020年が待ち遠しすぎて勝手に帝劇で東京オリンピックを開会してしまったん?って笑ってしまったけど、ホスリンピックならぬジャニリンピック、完全に最高だから2020年にも開催して世界を震撼させてほしい。

 

 

ジャニーズは最高

 ジャニーズの美術や衣装は、見ていてずっこけるというか、なぜ!?というセンスのものが飛び出すことも多々あるけれど、そんなトンチキの中に急に“最高”がぶっ込まれたりして、そのちゃんぽんによってガンガンに酔える。すべてが足し算・掛け算で成立している過剰さが大好き。今回、あまりの最高さに脳が溶けて、観劇中に「ジャニーズ最高!!!」って叫びそうになった。

 

 この「ジャニーズに酔う」感じを他文化のオタクにも味わってもらいたいなあと思うけれど(舞台オタクの知り合いが多いから特にそう思う)、気軽にすすめるにはチケットが取りづらいのが難しいところ……。それに、やっぱりJr.を知らずに見たら単に「わけわからん」で済まされちゃうのかなーという懸念もある。でもどうにか体感してもらいたいので、興味がある友人はとりあえず連絡ください。

 

 

 

 

 

 

 

*1:キンプリ・HiB・5忍者だけだった

*2:といいつつ私はR&Jしか観てないけど