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祈りを込めて灯りを吹き消す/ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」2019

2/24ソワレ、2/27ソワレ@東京国際フォーラムホールC

 

romeo-juliette.com

 

キャスト

24夜:大野/木下/木村/黒羽/廣瀬

27夜:古川/生田/木村/平間/廣瀬

 

2017年版の感想など

ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』感想 - phenomenontsukko10.hatenadiary.jp

ロミジュリについて考えたいろいろ - phenomenontsukko10.hatenadiary.jp

 

感想

ベンヴォーリオの悲しみと孤独について

 最後のエメ合唱で、灯りを吹き消す演出が好きだ。この物語は救いなのだと示してくれるから。両家に「許しあい、手を取りあおう」と説くのはベンヴォーリオ。若者の中で唯一の”生き残り”だ。正直、前回観劇時には、ベンヴォーリオというキャラクター自体にはそこまで印象らしい印象がなかった*1。それが今回、木村ベンヴォを見ていたら、彼の抱く「悲しみ」について考えざるを得なかった。憎しみや怒りが渦巻くヴェローナの街で、ひとり悲しみをたたえるベンヴォーリオはあまりに孤独だった。この人はこんなに不安定な子供だったのかと、愕然とした。今回こんな風にベンヴォーリオについて考えたくなったのは、作品を何周か観たという個人的な要因もあるけれど、木村達成という役者による解釈と表現によるところが大きい。本当ーーーに、たつなりが、めちゃくちゃ良かった!!!(エリザのたつなりルドも楽しみ)

 

 さて、ベンヴォーリオについて考えたい。どうしてベンヴォーリオだけが生き残るのか、ということは前回にも考えて*2、ロミオ-ジュリエット/マーキューシオ-ティボルト/ベンヴォーリオ-乳母が対称になっているから、と落ち着いたところではあり、そこのところは考えが変わっていないのだけれど、それだけじゃなくて、「憎しみ」という血の呪いからいち早く解放されたから生き残るんじゃないか、と思う。

 

 もともとベンヴォーリオは「憎しみ」という感情はあまり出ていないキャラクターではあれど、キャピュレット家との諍いに気楽に参加したり、仮面舞踏会に進んで行きたがったり、両家間で喧嘩を起こすことに関しては躊躇がない。そんな彼に変化が訪れるのはロミオとジュリエットの結婚式の後、『街に噂が』以降である。

 

『街に噂が』

 皆と一緒にロミオを責め立てているものの、「怒り」に突き動かされている他の人々とは違い、ベンヴォーリオの表情は「悲しみ」に支配され、以降、それはずっと変わらない。曲の終わりでも、ロミオを取り囲んで指をさし、敵意を露わにする(マーキューシオは輪には入らないがナイフを突きつけている)皆からは少し離れた位置からロミオを見つめている。口ではロミオを責めているものの、責め切れないのである。

 

『決闘』

 ロミオとベンヴォーリオの二人は、争う両家を止めに入り、“誰もが自由に生きる権利がある”と歌う(これに対してティボルトが“誰もが自由に生きる権利などない”と歌うのがめちゃくちゃつらい)けれども、このときのベンヴォーリオはあくまでマーキューシオ側に寄り添っているという発言がアフタートークであったらしい。確かに、止めに入ろうとするロミオの前に立ちはだかる様子も見られたし、そうなんだろうなーとは思うのだけど、じゃあこのときのベンヴォーリオの叫びは誰に向けてだったのか? ロミオは争いあう人々に向けて叫んでいるけれど、ベンヴォーリオに関してはそうではなくて、自分自身に投げかけているように思える。ロミオとジュリエットの結婚を受けて、彼の中の価値観は崩れはじめた。だからこそ彼はロミオを責め切れなかったのだけれど、生まれたころから植え付けられたキャピュレットへの感情は根強く、まだ完全には受け入れ切れない、というのが本音なのである。

 

『狂気~服毒』 

  マーキューシオ、そしてティボルトの死を経てもまだ争いを止めようとしない両家のはざまで、ただひとり“せめて喪が明けるまで”と争いを止めようとする。“喪が明けるまで”というのは、もちろんマーキューシオの死を悼む気持ちも十分にあるだろうが、モンタギュー/キャピュレットという家柄だけで憎みあうその虚しさに完全に気がついている彼にとっては(そしてベンヴォーリオを血の呪いから完全に解放するのはマーキューシオの死なのだが)、何かに操られたかのように争い続ける人々の姿は狂気でしかないのである。曲の終わりにベンヴォ―リオは叫ぶように歌う。“狂ってる”と。このワンフレーズ(というか“る”のハイトーン)が本当に素晴らしく、ベンヴォーリオといえば『どうやって伝えよう』だと思っていたけれど『狂気~服毒』もそこに並ぶほど好きになった。のだけどウィーン版など海外版CDを聴いていてもこの曲が見つけられないのはなぜ!?サーチ不足!? だが、いち早く呪いが解けてしまったがゆえに、ベンヴォーリオは孤独に陥ってゆくのである。マーキューシオは死に、ロミオは国外追放、周りの仲間も狂気のさなかにいる。街全体が黒い炎に包まれたヴェローナで、ただひとり正気を保つことのつらさはいかほどだったのだろう。

 

『どうやって伝えよう』

  孤独に悲しみに沈むベンヴォーリオが、自分に為せること、自分にしか為せないことを為そうと立ち上がるこのソロ曲。17年版は真っ赤な背景に「アダムの創造」の指部分が大写しになっており、それがロミオの死に姿の伏線に……!? という宗教ミュージカル感が出ている演出で好きだったのだけれど、今回はなぜか俺たちの青春メモリー的なチェキがばらばらと出てくる、というなんともいえない味わい深い演出に変更されていて、私はしずかに泣いた。ベンヴォーリオがものすごくいいお芝居をしている後ろにあの演出があると、そっちに目線を持っていかれて集中できない……。無視してベンヴォーリオだけ見てればいいんだろうけど、当方マーキューシオ担(マーキューシオ担?)ゆえ、マーキューシオの写真が見たくてつい見てしまう。しかもキャストごとにちゃんと撮りおろしだから……。まあ演出は置いておいて、ジュリエットの死を受けて、本当にもう自分ひとりしか残されていないのだ、というショックや悲しみから、それをロミオにどうやって伝えたらいいのか? という苦悩を吐露しまくったのち、ロミオに伝えられるのは自分しかいないのだ、と腹を決めたような“伝えよう”のフレーズは思わずぞっとする。

 

『罪びと~エメ』

 霊廟でロミオの遺体を見たとき、ベンヴォーリオはきっと自責の念でいっぱいになったと思う。ロミオの死の直接の原因をつくったのは、ジュリエットの死を伝えた彼自身なのだから。“許しあおう”と歌うベンヴォーリオの泣き出しそうな顔がつらい。そしてこれはロミジュリの話をするとき絶対に出てくる話なのだが、キャピュレット夫妻にキャンドルを手渡すのは他ならぬベンヴォーリオなのである。めっちゃヤバくない!?!? ラスト、祈りをささげるかのようにキャンドルを吹き消すベンヴォーリオの姿を見ていると、彼が今後背負っていくであろう十字架の重たさを考えて泣いてしまう。彼はきっと一生をかけてロミオとジュリエット(そしてマーキューシオとティボルト)の上に成り立った平和を伝えていくのだ。伝えられるのはもう彼しか残っていないのだから。

 

 

 どう考えても木村ベンヴォに対して庇護欲しかない。馬場ベンヴォは結婚したかったのに木村ベンヴォは守ってあげたいしかない。幸せになってほしい。マジで。(お酒が入った状態でロミジュリの話をするとエンドレスこの話になる)三浦ベンヴォだとまたアプローチが違いそうだし、どこかで見れたらいいなと思う。

 

 と、ベンヴォについて書いたところで疲れてきたので、平間マキュが本当ーーーーーに素晴らしかった話はまた別ですることにして、一旦終わりにします。ロミジュリはいいなァ。

 

 

 

 

 

 

 

*1:馬場ベンヴォと結婚したい!!!って駄々はこねてたけど

*2:今回パンフのベンヴォーリオ・マーキューシオ・ティボルト・死のクロストークでちょっと触れられてるところでもある