夢と現実いったりきたり

phenomenon

見たものの感想 思ったことなど

かきこにってなんだ?:ミュージカル『フランケンシュタイン』

1/30 マチネ 東京楽

 

 昨晩「小西アンリのすべてを解き明かしたいと考えている*1」と言ったがあれは嘘だ。いや正確には嘘ではない。解き明かせるものなら解き明かしたい。だけどいまは、とりあえずかきこに(柿澤・小西ペア)に殴られつかれた余韻にただ浸りたい。というか観てるだけのこちらまでぐったりしてなにもまとまる気がしないので、だらだらと感想を書く。

 

柿澤勇人という役者

 柿澤勇人というひとの演技を初めて観て、このひとは危険だと思った。歌も芝居もできて、役者として魅力的なのはもちろん、人間としての魅力に溢れたひとだということが、舞台上からでも伝わってくるのが怖かった。

 

 ビクターは街のひとびとから唾を吐かれる呪われたこどもだったけれど、同時に近くのひとたちから過剰なくらいの愛情を向けられていた。夢と才能があり、一心不乱に歩みつづけるビクターの姿は(たとえ彼の「生命創造」という夢を理解できなくても)輝いて見える。皆が「天才」「特別」「太陽」と熱っぽく見つめてしまうのも致し方ない、と思わせてしまう、カリスマ性とはまたすこし違うビクターの魅力。それがほとんど柿澤さん本人の魅力とイコールなんじゃないかと思わされてしまう。こういうタイプの男は危険だと本能が警報を鳴らしている。用法用量を守らないと、ハマったらこっちの人生が終わる。でも近づきたくなってしまう。役者になってくれてよかった。

 

 そんなキラキラしたビクターが、2幕では一転して愚かでどうしようもなくかわいそうな男になる。柿澤ビクターが愛しいのはこの2幕があるからだ。きらめきの根源にあった信念がぐらついて見えてきたビクターはまるでこどもで、どうしようもないな愚かだなと思いつつも憎みきれない。かわいそうなこども。好きすぎる。この先別キャストでフランケン再演が決定したとして、柿澤ビクターの影を追って切なくなる予感しかない。すべての解釈が好きで困る。

 

 柿澤ビクターの解釈といえば、ジュリアとの結婚に対して、「アンリが生きてたら確実に結婚してないだろ」って突っ込みたくなってしまう。「お父様の犬が!」って入ってくる召使いが(いい雰囲気のところ邪魔してもーた……)って動揺する家政婦は見た!的なシーンも、中川ビクターと違ってわりとすぐジュリアから離れちゃってるからそんなに動揺しなくてよくない?ってなっちゃう。信念もアンリもうしなってガタガタの身体を支えてくれるジュリアに甘えて結婚しただろって怒りそうになる。〈あなたなしでは〉で階段の中腹で身を乗り出して歌ってる表情とか見てるとジュリアのこと好きではあると思う、思うけど、やっぱり腑に落ちない。というかあのひと再会のシーンでジュリアに対して笑顔つくってるんですよ。そういうとこだよ!!!

 

 もちろん柿澤ジャックもとんでもなくて、いたぶりの引き出しが多すぎて逆に引くくらい。どんなもの食べてどんな生活送ってたら次々そんなひどいことばっかり思いつくんですか? 怪物を杖で殴ったり焼鏝を押しつけたり、は両ジャック共通だから台本だと思うけれど、そこにプラスで前から後ろから犯したり、額を舐めたりキスしたり、痰をかき集めて口移ししたり、あらゆる手段で怪物の人権を蹂躙しまくる柿澤ジャックが本当に怖くて怖くて、でも好き。道化を演じてるけど目が全く笑ってないから一切笑えない。フェルナンドに対しても内心ムカついてるからフェルナンドがエヴァに絡んでる間にゴルフの素振りのふりをしつつフェルナンドの頭をかち割って(るように見える)たりとかいちいち動きが全部怖い。なんなん……。他のひとにできるのか?みたいな気持ちになる。

 

 柿澤ビクターってなんだ? 柿澤ジャックってなんだ? 柿澤勇人ってなんなんだ?その謎を解き明かすために、わたしはゆかいな仲間*2になった。

 

小西アンリ

 やっぱり小西アンリは本当に顔がかわいい(声も大好き!)。神経質そうだし潔癖そうだし。ビクターからウォルターへの「ドイツの女性は見た目より太ってるから気をつけろ」という下世話なアドバイス(おそらく市長や街のひとびとへの当てつけ)に加藤アンリは思わず吹き出してるのに小西アンリは全然笑ってなくてやっぱり潔癖でしょ?って聞きたくなった。

 

 アンリについては昨日ざっくりとまとめたところから大きく解釈が変わったわけじゃないけれど、アンリの生きる意味について見落としてたところがある。〈孤独な少年の物語〉でビクターの亡霊*3を知ったあとに、「まだ生きる意味を見つけられていない」と言っていたり、〈1杯の酒に人生を込めて〉で「一体生きるって何なの?」と問いかけていたりするのを見るに、この時点ではまだアンリの中で生きる意味が見つかってはいなかった。ただ、ワーテルローでは「死のうと思っていた」、「孤独こそが人間の運命ならば静かに受け入れようと思っていた」、「人間への絶望」を抱えていたアンリが、ビクターと出会ったことで「彼を信じてみたい」と希望を見出しはじめていた。アンリは確実にビクターとともに研究を進める未来を見つめていたはず。そこに自分の生きる意味があるかもしれないという予感とともに。そんなアンリが死を選択せざるをえなかったのは、やっぱりビクターなしではそこに辿り着けないと感じていたから。太陽の光がなければ探し物は見つからない。

 

 ‪「孤独こそが人間の運命ならば静かにそれを受け入れようと思っていた」(諦念)→「ただ一つの未来を僕らが変えてやる」(挑戦)→「運命だと思って」(諦念とは微妙に違うけど抵抗しない)という変化を見ていくと、〈君の夢の中で〉でアンリが口にする「運命」という言葉の味わいががらっと変わってくる。なんだこのロマンティック野郎は……とか笑ってられない。アンリは結局「運命」に抗えなかった。だから無念なんだけど、本当はビクターとともに生きたいけれど、それでも「孤独」に終わらなかった、わずかでも希望を持つことができたのだから、ビクターと出会えて本当に嬉しかったんだろうなと。

 

 ちなみに「運命」に関してはビクター的にも重要なテーマだと思っていて、1幕の間はずっと「ただ一つの未来を僕らが変えてやる」(挑戦)だけど、愛があれば運命も変えられると思ってたけど傲慢だった(挫折、後悔)に移り変っていくさまが本当に哀れで哀れで哀れ。

 

 

小西怪物

 怪物はなにも憎しみを持って生まれてきたわけじゃない。生まれたての怪物は無垢だったはず。ビクターの首を締めるのもその前にビクターにバックハグされたからお返ししただけだし……力加減できなかっただけで……敵意を向けられたら返してしまうからルンゲのことは殺しちゃうけど、そこには悪意はなかった。

 

 でも、わけもわからないまま憎しみや敵意をぶつけられていくうちに自分はなんなんだ?なんのために生きているんだ?って疑問が芽生えはじめて、そこに闘技場で散々な扱いを受けて、初めて心の交流を持ったカトリーヌには「化け物」呼ばわりされて、憎しみに支配されて当然でしょうと。ビクターのことを研究日誌、しかもジャックによる悪意解釈で知ることになったのがつらい。道楽でつくられたおもちゃっていうのは本当に誤解だから……ジャックのバカ!!!

 

 彼が愛情さえ受けられていたら、と思わざるをえない。だって怪物が紡ぐメロディは、憎しみに塗れていなければきれいなメロディばっかりで、彼の根底はこんなにも美しく静かなんだとわかるから。〈俺は怪物〉のラスト、「昨日はじめて見た夢/誰かに抱きしめられてた/胸の丘に顔埋め笑ってた/夢の続きを生きてみたい」も本当にきれい。フランケンは楽曲が本当に良い……。

 

 ところでこの「誰か」が誰なんだ問題、胸の丘=女性=カトリーヌ、と考えることもできるけれど、わたしは願望込みでビクター派。カトリーヌのことだったら夢の中でも誰の顔かわからないってことはないと思うし、怪物がはじめて受けた愛情はビクターからのハグなので……。カトリーヌと交流して、愛情に準ずるものに触れたことで記憶が刺激されたのかなと思う。あとは最後までコートを着ている=最初に受けたビクターの愛情に(無意識かもしれないけど)すがってたのかなと。本当にビクターに憎しみしかないんだったらコートも捨てられたと思う。怪物も言ってるけど、ビクターは再開時にもっと違う言葉をかけてあげなよ。怪物は愛情が欲しかっただけじゃ?と疑っているので、勝手にずっと怪物を悪いもの扱いしてるビクターが悪い(極論)

 

 わたしは〈傷〉の解釈がいまだにできない(わたしvs訳詞)のでそれは置いておいて、その前に「俺の友達……あの星になりたがった友達の話」と、ビクターのことを「友達」と表現するときの怪物の表情の話だけしておく。無意識に「友達」と言ってしまったあと、本当につらそうな顔をするのに、あえてもう一度「友達」と言い直していてたまらなかった。怪物とビクターは究極にすれ違ってる。

 

 

 この2ショットを見てると、「ビクターと怪物のあったかもしれない未来」だなと思って。ビクターの弱さのせい。ビクターが悪い(2回目)

 

番外編:ルンゲ

 柿澤ビクターに関してはずっとルンゲ視点で見ているので、〈孤独な少年の物語〉のジュリアとビクターの握手をにこやかに見守る→市長に引き離されたところで目をみはってショックを受ける→ビクターに駆け寄って手を引く の流れでいつもありえないくらいに泣けてしまう。親をなくし、周囲から白い目で見られてる小さなこどもを、自分が守らなきゃいけない、そんな使命を感じたであろうルンゲ。このときはまだ「まわりよりすこし頭がいい」くらいに思っていただろうに、ジュリアの犬を生き返らせたことを嬉しそうに報告する*4姿を見て(自分はこの子の痛みも考えもわかってあげられないと気づいたからなのか)愕然とし、目にどんどん涙が溜まっていくルンゲを見ているとやるせない。幼いころのこんな姿を見ていたらそりゃ「坊ちゃん」呼びが抜けないし過保護にもなるでしょう。内容はどうであれ生き生き研究してる姿を見たら嬉しいし、はじめて親しくできる友人ができたら浮かれるでしょう。成功したら勲章をやる、と言われたときにあからさまにワキワキしてるルンゲはかわいい。

 

 そんなかわいいルンゲにほっこりしていたある日、衝撃の事実に気づいてしまったのですよ。アンリが「自分が罪を被るからビクターを連れて逃げろ」と言う回想シーンでルンゲは笑っている。ずっとアンリの方を見ていたので最初からそうだったのかわからないけれど、ある日ふとルンゲの方を見てみたら笑っていてオペラグラスを落としかけたし、そのあともしばらく心臓がバクバクして集中できなかった。いつもはすぐにビクターの表情に注目する姉弟喧嘩シーンも、ルンゲを見てみると、ずっと背を向けて耳を塞いで、エレンの批難の言葉(アンリが濡れ衣被っているのになぜ黙っているの)をわざとシャットダウンしている。このままではアンリが死刑になる、という不都合な真実から目を背けてでもビクターを守りたいんだなこのひとは、と、ルンゲの中にある歪みに触れて恐ろしくなった。

 

かきこにってなんだ?

 もともと、フランケンは軽い気持ちで当日券を買ったかきこに回だけで終わらせるつもりだった。のに。観終わって即「これは全組み合わせ見なければダメなやつじゃないの?」と本能的に他3組のチケットを準備して、他ペアを観つつも「わたしはかきこにに骨を埋めなければならないのでは?」とかきこに回をデザート的に追加した。そして今日、「かきこにが東京楽なのに観ない選択肢はあるのか?もう観られないかもしれないのに?」と思い詰めながらとった東京楽が終わった。中盤から参加したのにフランケンのことがものすごく好きなひとみたいになってしまっているのはなぜだ? ぜんぶかきこにのせいだ。

 

f:id:tsukko10:20200131174359j:image

 

 かきこにってなんだ?なんなんだ?なに? かきこにって……なんなの?なんなんだろう……? わからないけど、「かきこにに生きてかきこにに死ぬ」を体現できてよかった*5。まだ1月だけど確実に今年イチの感情と芝居を見せてくれたふたりに本当に感謝。

 

 ちなみに東京公演は終わったけれど、地方公演が控えているので迷ってるひとは絶対観に行って!かきこにを!かきこにで!頼む!

 

 

*1:

 

tsukko10.hatenadiary.jp

*2:

*3:いまだにあえて「亡霊」呼びする意図がわかってません

*4:リトビクの♪生命〜の歌はめちゃめちゃ怖い

*5:初見もラストもかきこにだった