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人と神、あるいは怪物のはざまで:ミュージカル『フランケンシュタイン』

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▲2020PV

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▲2020舞台映像版PV

 

あらすじ

19世紀ヨーロッパ。科学者ビクター・フランケンシュタインが戦場でアンリ・デュプレの命を救ったことで、二人は固い友情で結ばれた。“生命創造”に挑むビクターに感銘を受けたアンリは研究を手伝うが、殺人事件に巻き込まれたビクターを救うため、無実の罪で命を落としてしまう。ビクターはアンリを生き返らせようと、アンリの亡き骸に自らの研究の成果を注ぎ込む。しかし誕生したのは、アンリの記憶を失った“怪物”だった。そして“怪物”は自らのおぞましい姿を恨み、ビクターに復讐を誓うのだった…。

 

感想

現時点:1/17マチネ(柿澤・小西)、1/22マチネ(中川・小西)、1/23ソワレ(中川・加藤)

 かきかずはまだ観ていないが、現時点での感想をつらつらと書く。とはいえWキャストと組合せでかなりお芝居が変わってくる演目ゆえに、総括して感想を書くのもなかなか難しい。ので、とりあえずは両アンリとのお芝居を見た&記憶に新しい中川ビクターの解釈を中心に書く。

 

 全体のテーマとしては「生命とはなにか=なぜ生きるのか、生きるとはなんなのか、人間とはなんなのか」というところなんだと思う。それは人類の普遍のテーマであり、戦争の生傷が残る時代なら、なおさら意識されるもの。『フランケンシュタイン』においても、劇中人物それぞれがわからないなりに/わからないからこそ、それらを追い求めていた。中でも最も探究心が強かったのがビクター・フランケンシュタインだった。生命の全てを解き明かす、それがビクターの目的だった。

  

 ビクターは神に近づこうとした、星になろうとしたと言われるけれど、同時に人間であろうともしていたように見えた。♪僕はなぜ?以降、ビクターは常に揺れ動いている。親友・アンリが罪を被って斬首になるというときに、アンリの首=研究の材料が手に入る、という考えが人として許されないことであると分かっているのに振り切れない自分自身に戸惑いつつも、最終的には人としての倫理観をとるビクター。それなのに証言はあっさり却下されてしまう。ただでさえグラグラしてるところに「夢を諦めるな」と背中を押してきたアンリのとれたてほやほやの生首があったらまあやっちゃうよね……。と同情してしまう*1

 

 実験室にアンリ(の首をつなぎあわせた死体)を運び込むシーンはビクターの心理を表しているんじゃないかと思う(実験室が幼少期に住んでいた城だというのも趣深い。ビクターの心は母親を生き返らせようとした20年前から変わっていない)。あの実験室がビクターの心のメタファーだとすると、自分を呼ぶエレンやルンゲの声を強く拒否するのは「人間に揺り戻される」から。せっかく人間をやめて神になろうとしたのに揺り戻されたらたまらない。なんせ心はグラグラなので。結局、怪物は目覚めるものの、手懐けることができず、ルンゲに助けを求める=人間脱出チャレンジは失敗に終わる。ここでビクターは「自分は神になることはできない」と悟って、その後の3年間は人間として生きていくためにめちゃくちゃ頑張ったんだと思う*2。その努力の成果がジュリアとの結婚、エレンとの和解、周囲のひとびとのビクターへの反応に表れている*3

 

 だけど、怪物を殺すことはできず、逃げられてしまったことが示すように、ビクターは神になること……というか、自身の夢を完全に手放すことができなかった。3年という月日が経ってもなお怪物の影に怯えるビクターは、(欲望と怪物というかたちの違いはあれど)自分が生み出したものなのに自分自身で制御できないことへのおそれに支配されているという意味で、♪僕はなぜ?のビクターと重なる。

 

 表面的なものだったかもしれないが、訪れた‘平和な’生活は、怪物にぶち壊されてしまう。怪物はビクターが受ける愛の象徴、ルンゲ・エレン・ジュリアを全員殺す(市長も殺されるけど、どちらかというとエレンを陥れるための装置の意味合いに思える)。さらに、ビクターを突き動かしてきた夢の象徴、実験室も壊してしまう。実験室が壊されるのよりジュリアが殺されるのがあと、というところに、中川ビクターだと納得がいく。中川ビクターはずっとジュリアを愛していたように見えていて、結婚もちゃんと中川ビクターからプロポーズしたんだろうな……と思えるから*4。人間として生きることを選ぶのもジュリアの存在が関わってそう。

 

 全てをうしなったビクターが怪物に殺せ、と懇願するのは、「人間として生きている意味」がなくなったから。人の死に敏感だったビクターが自ら死を望むのは皮肉な話だが、怪物はそれを許さない。死は逃げ場ではない!!!と言い出しそうな勢いの怪物……*5

 

 「殺したければ来い、待っている」という怪物を追って北極までやってきたビクターは怪物を最終的に殺す。怪物を殺すことへの迷いを消したのは他でもない怪物だった。 ビクターは北極到着時点でぼろぼろで、怪物が本気を出せば敵うわけがないのに、怪物はあえてビクターを生かした。ビクターに襲い掛かるのも、ビクターの迷いを消すための行動だったのだろう。ビクターは、自分の名を呼ぶ怪物にアンリの姿を見たはずだ。彼はそのとき何を思ったのか。怪物が言うように、ひとり残されたことへの苦しみか、友をうしなったことへの悲しみか、それともアンリの蘇生に成功したことへの喜びだったのか。解釈を大きく客席に委ねている『フランケンシュタイン』の中でも、ここの解釈は分かれるところだと思う。組み合わせによっても異なるかもしれないし、どの感情と言い切ることはできないかもしれないし。正直わたしの中でも決めかねている。だけど、いまのところ中川ビクターには蘇生成功の喜びが存在しているように思う。よかったね坊ちゃん!

 

 ここまでビクターの話だけしておいてなんなんだけど、わたしの本命はアンリです。アンリ大好き。1幕で死ぬけど。推しキャラ、中盤で退場しがち*6。そんなアンリと柿澤ビクターのこと、役者に関する雑多な感想はまた別で書きます*7

 

 

 

 

*1:そうかな?

*2:えらい

*3:えらい

*4:あんまりWキャストについて相対的な話はしたくないけど、柿澤ビクターだとジュリアへの恋愛感情をあまり感じなくて、なし崩し的に結婚に至ってそう

*5:エリザベート

*6:マーキューシオとかルドルフとか

*7:たぶん……