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君にパトラッシュは救えるか?/柿喰う客「フランダースの負け犬」

 

https://youtu.be/gk5MH3h3krA

 

「君にパトラッシュは救えるか?」
中屋敷法仁が19歳の時に執筆した戯曲。
第一次世界大戦を背景に若き将校達の生き様を描く。

 

 現在無料公開中の柿喰う客「パトラッシュの負け犬」を見ました。これは本当〜〜〜に色んな人に見ていただきたいです。もう私の感想を読む前に見てください。90分くらいで見れるので。

 

 (追記:以下、引用はすべて http://kaki-kuu-kyaku.com/pdf/pdf_makeinu.pdf からです)

(2/22追記:なぜか途中から消えていたので復旧して上げなおしました)

感想

ヒュンケルとバラック

 この作品でメインとして描かれるのはミヒャエル・ヒュンケルクリスチャン・バラックのふたり。士官学校を卒業したヒュンケルは、入隊後も軒並み優秀な成績を叩き出し、上官からも目をかけられる優等生。そんな彼は、恋にうつつをぬかし、ろくに訓練にも出ず、『フランダースの犬』を読んで泣く同室のバラックに辟易していました。

 

 しかし、軍のお偉いさんの遠い親戚であるバラックのことを無下にできない上官・クルックとベームから、彼を立派な軍人にするよう要請され、出世のため、嫌々ながらバラックを鍛え始めます。バラックが優秀なヒュンケルに懐いて「友達」だと言うたび、天才とバカは対等じゃない、対等じゃなければ友達にはなれない、俺とお前は上官と部下だ、と否定するヒュンケル。ある日、バラックがヒュンケルの失態を庇ったことでふたりの関係性が変化します。代わりに殴られて、「これがバカの使い道だよ」と笑うバラック。“軟弱なバカ”だと見下していたバラックのことを、対等な存在として見直し、友人関係を築き始めます。

 

 そしてとうとう第三部隊の司令官を任されたヒュンケルは、上官に頼み込んでバラックを自分の部隊の配属にしてもらいます。やっぱり君はすごいね、僕みたいなのはきっと待機だよ、と落ち込むバラックに、お前は俺の部隊所属だ、ここ最近のお前の頑張りをクルック将軍も認めてくれたんだろう、と嘘をつくヒュンケル。嘘ではあるけれど、バラックの努力を誰よりも認めていたんですよね。そして結成式の日。司令官として、『フランダースの犬』を例にとった訓示をおこないます――「私がネロだったら、間違いなくパトラッシュを殺す」

 

 戦地にて、バラックとヒュンケルはある約束をします。その約束とは、バラックが怪我をして血が足りなくなったら、ヒュンケルから血をもらうこと。

 

 

バラック:いいから聞いてくれ。血がたくさん出て、血が足りなくなったらさ、僕に血くれないか?

ヒュンケル:…。

バラック:僕、君の血がいい。君の血を分けてくれよ。僕に、血をくれよ。

ヒュンケル:うん。なんていうか…血液型違うだろ?

(中略)

バラック:いいんだよ。君の血なら。

ヒュンケル:…お前になら、喜んでくれてやるよ。好きなだけもっていけ。

 

 「血液型が違っても君の血がいいんだ」「お前になら喜んでくれてやる」。血液型が違うヒュンケルの血を輸血すれば、最悪バラックは死んでしまうわけですが、それでもヒュンケルの血がいいのだと。このやりとりは、「友達だろ」という直接的な言葉――ヒュンケルの口癖ですが――よりももっと強烈に、彼らの絆を示しています。

 

 戦況が変化し、「負け犬」となった第1軍の将軍・クルックは、自分たちの保身のために、バラックにすべての責任を擦り付けようと考えます。そこで、バラックを殺すようヒュンケルに要請する。覚悟を決めたヒュンケルが「俺のかわりに死ねよ」と銃口を突きつけると、バラックは命乞いをすることなくそれでいいんだ、それがバカの使い道なんだ、撃って君は生きろ、と受け入れる。もちろん、ヒュンケルは撃てません。

 

ヒュンケル:いいから、命乞いしろよっ。お前のこと、死んで欲しくないって思ってるやつ、いるんだぞ。そいつの為に、命乞いしろよ。死にたくないって言えよ。

バラック:…(クビを振る)

ヒュンケル:…できない。できない。できない。できない…。

バラック:バカ野郎。引き金を引くんだ。ドイツを最強の国家にするんだろ。その為に、手段なんか選んじゃいけないんだろ。君は将軍じゃないか。将軍が、そんな弱気でどうするんだよ。

ヒュンケル:将軍だと。…お前みたいなバカ一人の命も助けられないで、何が将軍だ。何が国家だっ…。

 

 元々、ヒュンケルは国家のために闘い、出世欲の塊で、バラックを叱ってばかりいました。それがここでは国家や自分の役職のことよりもバラックというひとりの友人を守る方が大きくなっている。バラックに叱られている。完全に彼のあり方が逆転しています。

 

 ヒュンケルはバラックを助けたいし、バラックはヒュンケルに生きてほしいし、お互いがお互いを想いすぎて延々平行線なわけですが、その間にバラックは出血多量で命を落とし、ヒュンケルはベームに殺されます。彼らの、お互いを助けたいという願いは叶えられなかったのです。そして、『フランダースの犬』のラストシーンのように寄り添う二人の遺体は――ト書きにはこう記されています――「ヒュンケルの身体が、バラックから引き離される」。ショックでした。

 

 他人のことを想いすぎて、結局は自分の命すら落としてしまったヒュンケルとバラックは、たとえばクルック将軍やベームから見れば、「負け犬」なのかもしれません。だけど、人間としての心を忘れて、他人を踏みつけて、そうやって生き残ることと一体どちらが幸福なんでしょう。わからないけれど、おそらくヒュンケルにとってはバラックを殺さないという選択が最善だったのだと信じたいです。

 

君にパトラッシュは救えるか?

 作中何度も繰り返される『フランダースの犬』のラストシーン。眠ってしまったパトラッシュに、ネロが声をかけるシーン。バラックが愛するこの物語を、ヒュンケルは否定し続けていました。ヒュンケルにとっては、国のため闘う軍人にあるまじき“軟弱さ”の象徴だったからです。

 バラックはヒュンケルに鍛えられたことで「もう必要ない」と自身の“軟弱さ”と決別します。そしてヒュンケルは、結成式の訓示では「私だったら、間違いなくパトラッシュを殺す」とまで言い放ちます。けれど、ヒュンケルにはパトラッシュ=バラックを殺すことが出来ませんでした。彼らは、ネロとパトラッシュそのままの末路を辿ります。

 

 ここからは、クルックからヒュンケルへの「君にパトラッシュが殺せるか?」、そして作品紹介の「君にパトラッシュは救えるか?」という問いかけを見て、考えたことを書いてみたいなと思います。

 

 まず、「パトラッシュ」が象徴するものは何か。これはクレーゼルが言う通り、「友達」のことでしょう。ただし、ネロにとっては大切な友達のパトラッシュも、他の人から見ればただの犬でしかない(ここを巡ってクレーゼルとヒュンケルの間に亀裂が入りました)。序盤のヒュンケルはバラックの名前を覚えません。バラックの強烈なキャラクターは認識しているのに、名前だけは覚えていない。この時点ではヒュンケルにとってのバラックはただのバカ=犬であり、それが名前を覚えることでバラックとなり、最終的には友達になったのかなあと考えています。名前とは呪術的なものですね。

 

 

 さて、「パトラッシュを殺せる/殺せない」「パトラッシュを救おうとする/救わない」で登場人物を分類すると、以下のようになります。

 

 

  • パトラッシュを殺せる者:ベルニウス、クルック、ベーム、ヘンチュ、(ビューロウ)
  • パトラッシュを殺せない者:ヒュンケル、クレーゼルバラック
  • パトラッシュを救おうとする者:ヒュンケル、クレーゼル、ビューロウ、バラック
  • パトラッシュを救わない者:ベルニウス、クルック、ベーム、ヘンチュ

 

 忘れてはならないのが、全員がパトラッシュを救えないということです。

 

 この中で特異なのはビューロウ。彼だけ、「パトラッシュ」を救いたがっているけれど、殺すこともできる人間のように見えました。

 

ビューロウとクルックについて

 

 クルック率いる第1軍を見捨てて撤退命令を出すようヘンチュに要請された時、ビューロウは躊躇います。「既に第1軍を助けられる可能性がない」と、頭のいい彼にはよくわかっているにもかかわらず、です。

 

ヘンチュ:僕らだけで、帰りましょう。ビューロウ、私をベルリンに連れて帰って。

ビューロウ:いえ…私は…。

ヘンチュ:ナニ? クルックを助けに行きたいの? もう無駄だってわかってるのに?

ビューロウ:…。

ヘンチュ:あなたを置いてっちゃった男よ。仕返しよ。こっちも置いていっちゃえ。

ビューロウ:…。

ヘンチュ:…判断が遅いぞカール・ビューロウ。イギリス遠征部隊が動いたら、壊滅的な打撃を受けるのは明白。迅速かつ的確な判断を。

ビューロウ:…撤退。

 

 ヘンチュに「クルックを助けに行きたいの?」と問われてビューロウは沈黙しています。軍人としての「迅速かつ的確な判断」は「撤退」。それは分かりきっているのに沈黙している。クルックのことを、ビューロウ個人の感情としては助けに行きたい。でも、ビューロウは軍人で、しかも第2軍の将軍という立場です。国家と部下のことを考えなければならない軍人としては、「撤退」しなければならない。最終的には、ヘンチュから「軍人」として扱われることで、「軍人」としての判断――「撤退」を選んでいます。

 

 クルックとビューロウは、犬猿の仲のように描かれています。なぜビューロウはクルックのことを助けに行きたかったのでしょう。色々な場面から、彼らの関係性を考えてみたいな……と思います。まず、クルックとビューロウがお互いについて言及している場面を抜粋します。

 

 

 ①クルックとビューロウの初登場シーン

 

クルック:頭が固い男は嫌われるぞ。

ビューロウ:頭の柔らかいお前の方が、俺は嫌いだがな。 

クルック:もうたくさんだ。ヒュンケル君…また後でな。

 

ビューロウ:クルックには気をつけろ。あいつが考えていることは自分の出世のことだけだ。うかうかしていれば、いいように利用されて、やがて捨てられる。

ヒュンケル:…。

ビューロウ:カール・ビューロウだ。困ったことがあったら、いつでも俺のところに来い。

 

②ヒュンケルがバラックの教育を要請されるシーン

 

ビューロウ:何をしている。

クルック:ビューロウ。

ビューロウ:何をしているんだ。

クルック:頼むよ。私につきまとわないでくれ。

ビューロウ:つきまとわれているのはこいつの方だ。

 

 

シュリーフェンプラン遂行の命を受けるシーン

 

ビューロウ:…正直、今回の作戦、どう思う? シュリーフェンプラン

クルック:完璧だ。

(中略)

ビューロウ:そうだろうか…。俺は不安だ。

(中略)

クルック:…君が何を思っていようが、作戦は遂行する。 全力を尽くしたまえ。

ビューロウ:偉そうな事を。俺はお前の部下じゃない。

クルック:ビューロウ。私は第一軍の司令官。君は第二軍の司令官。私のケツを追いかけるだけだ。実質的に、私は西部戦線最高司令官なんだよ。

 

ヒュンケル:しかしあなたには残念ながら、野心あふれる男の魅力が、まるでない。

ビューロウ:…アイツのことは任せた。無事を祈る。

 

 

④軍議のシーン

 

クルック:勝てばいいんだビューロウ。これは戦争だ。勝者だけが正義だ。

ヘンチュ:勇ましいですね、クルック。お手並み拝見。

クルック:はっ。

ビューロウ:…作戦にはもちろん従う。だが、クルック。ひとつだけ約束してくれ。俺の部隊から離れるな。

クルック:なんだ、ひとりぼっちが淋しいのか。

ビューロウ:ひとりぼっちになるのはお前だ。最前線のお前は、俺から少しでも離れたら孤立するんだぞ。

クルック:…うんざりだ。

ビューロウ:クルックっ。

 

 

 ⑤クルックの兵舎にて

 

 ベーム:このままの調子で行けば…クルック将軍の参謀本部入りは間違い無しですな。

クルック:まだだ。まだ手柄が足りない。リエージュの攻防戦では、ビューロウに先を越されてしまった。

 

クルック:…ヒュンケル、あまり失望させないでくれ。どうして僕が、あの男から離れられたかわかるか。

ヒュンケル:え?

 

 

 ⑥ビューロウの兵舎にて(前述)

 

ヘンチュ:僕らだけで、帰りましょう。ビューロウ、私をベルリンに連れて帰って。

ビューロウ:いえ…私は…。

ヘンチュ:ナニ? ルックを助けに行きたいの? もう無駄だってわかってるのに?

ビューロウ:…。

ヘンチュ:あなたを置いてっちゃった男よ。仕返しよ。こっちも置いていっちゃえ。

ビューロウ:…。

ヘンチュ:…判断が遅いぞカール・ビューロウ。イギリス遠征部隊が動いたら、壊滅的な打撃を受けるのは明白。迅速かつ的確な判断を。

ビューロウ:…撤退。

 

 

  特に重要と思われる箇所には下線を引きました。さらにそれを、下記のように種類によって色分けしています。

 

  • 赤色:クルック→ビューロウ、苛立ち
  • 黄色:ビューロウ→クルック、警戒
  • 青色:ビューロウ→クルック、不安
  • 緑色:ビューロウ→クルック、心配

 

 ここから、

 

  1. ビューロウは、出世のためなら手段を選ばないクルックの本性をよく知っている。ゆえに警戒している。自分ならそれを感知し、解決できると考えている。
  2. ビューロウはクルックに、作戦に対する不安を吐露している。警戒しているはずの相手を、どこか信頼をしているようにも見える。
  3. ビューロウには、クルックを出し抜こうという気持ちはない。むしろ心配している。クルックがどんな行動をとるのか何となくわかるがゆえに、その危うさを案じている。
  4. ビューロウは、クルックを警戒しているが、それ以上に心配する気持ちの方が強い。クルックにヒュンケルが利用されることを警戒しているが、ヒュンケルがクルックの下につくと決めた際には「アイツ(=クルック)のことは任せた」と頼んでいる。
  5. クルックは、心配ゆえに自分にまとわりついてくるビューロウのことを鬱陶しく思っている。ビューロウから離れたがっている。心配される=見下されている気持ちになる?
  6. クルックは、ビューロウを出し抜きたい。シュリーフェンプランへの見解など、ビューロウの方がクルックよりも優れているような描写があるため、どこかにビューロウへのコンプレックスがあるのか。

 

 ということが見えてきます。ビューロウもクルックも、互いのことを「嫌いだ」と言います。しかし、そうは言うものの、ビューロウはクルックのことを心配し、自分の本音を打ち明けている様子が見られます。クルックは劇中、つねにヒールとして描かれています。そんなクルックのことを、なぜこんなにも心配するのでしょう。私は、「ビューロウはクルックのことを嫌いになることが出来ないのではないか」と考えています。

 

 彼らの過去について、玉置さんが「付き合ってたのかな?」と仰っているのがとても好きなのですが(確かにビューロウが別れたのにやたら干渉してくる元カレっぽいな……)、それはさておき、過去において、二人は親しい関係にあったのではないでしょうか。で、それがどんな関係性だったのか? を考えたとき、ベルニウスとヒュンケルの関係性だったんじゃないかな、と。

 

 ベルニウスとヒュンケルは同じ士官学校出身の“親友”。ヒュンケルと、共に軍で成りがっていこう!と約束を交わしていた男です。言葉の節々から、出世への意欲も滲み出ていました。ベルニウスはおそらく作中で最も「友達」という言葉を発していた人間ですが、最後にはヒュンケルやバラックを見捨て、彼らを助けようとしたクレーゼルを殺して生還し、笑顔で「ヒュンケル? …そんな男は知りません」と言います。この時の笑顔がめちゃくちゃ怖いんですよね。彼は今後、笑顔でたくさんの嘘をつきつづけるのでしょう。だけど彼がヒュンケルやクレーゼルバラックに関してはわからないけれど)に対して抱いていた友情が嘘だったとは思いません。彼も戦場で狂ってしまった人間のひとりなんだと思います。

 

 クルックが、過去にベルニウスと同じようなことを――自分が生き残るために「パトラッシュ」を殺し、そこから狂ってしまったんだとしたら、それを隣で見ていたビューロウは彼のことをただの悪として切り捨てられないだろうし、その危うさを心配してしまうんじゃないかな、と思います。作戦が失敗したとき、梯子にしなだれかかっているクルックがものすごく美しいのですが、あれも彼の危うさからくる美しさじゃないかな。

 

 と、いうことを色々考えてはいるのですが、何分正解がないですし、だいぶ長くなってしまったのでこのあたりで一旦終わらせたいと思います。フラ犬未見の人がここまで読んでいるとは到底思えませんが、未見の方、なにとぞよろしくお願いします。