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「ぎゅっと」一曲で菊池風磨くんにメロメロになった話

 

 あけましておめでとうございます。珍しく、よくある感じのタイトルをつけてみました。タイトル通り、いまものすごい勢いでハマっている、Sexy Zoneの「ぎゅっと」という曲の歌詞とその作詞に携わった菊池風磨くんの話をします。

 

 菊池風磨くんに関してはこれまで「絶対好きだけど(特に顔が)それを認めたくない」という謎の自意識が働いていました。少女漫画でいう、幼馴染の男の子を好きになっちゃう……みたいな。私、男の子の幼馴染いないけど。まあそういう程度で、セクゾ自体もちょこちょこ曲を知ってるくらい。それが最近、なんとなく音楽番組で見た「ぎゅっと」がめちゃくちゃいい曲&菊池風磨くんのパフォーマンス(というか照れ顔)で、完全に虚をつかれました。 

 

 私は(人格の問題ですが)いわゆる応援ソングが苦手で、それは基本的に押しつけがましく感じてしまうからなんですけど、「ぎゅっと」は応援ソングなんだけどその嫌な押しつけがましさが一切なくて、ふわっと寄り添ってくれるような優しい歌です。めっちゃ肯定されてる。いまちょっと辛かったりしんどかったりする人がいたらこれを聞いてほしいっていうくらい優しい。

 

 で、ハマったのが運良くクリスマス前だったので、クリスマス+年末の特番で何度も繰り返し見ました。極め付けはジャニーズカウントダウン*1の衣装! ベビーピンクのユニセックスな衣装に、彼らSexy Zoneというグループがどういう軸でやっていく(やってきた)のか、っていうのがビシビシと表れているように見えて、めちゃくちゃ良かった。

 

 あまりにも好きすぎるし、ここまできたらCD買おう……と思って買いました。初回限定B。本日届きました。結露してた。CDだと菊池風磨くんがより菊池風磨です! って歌い方をしていてめっちゃ良い。

 

 ここまで前置きです。本題はここからなんです。

 

a30gashi.hatenablog.com

 

 こちらのブログを拝読して、目から鱗が落ちました。私はずっとこの「ぎゅっと」を、リスナーに向けた曲としてしか捉えていませんでしたが、菊池風磨くんからメンバーに向けた曲、という視点から歌詞を読んでみると、解釈が360度変わる箇所があります。

 

普通に就職して だれかと結婚して 普通に帰って 普通に眠る

まぁいっか、またまぁいっか なんてねなんてね 言うね

 

 ここは、実は「ぎゅっと」の中で唯一もやっとしていた箇所でした。「普通に」という言葉から、就職や結婚を(必ずしもそうとは限らないのに)普遍的な「しあわせ」として描いているのかな? と思って。でもこれがアイドルである彼らのための曲だとしたら(先に書いた通り、私はSexy Zoneのことをよく知らないし、自分の持つ「 アイドル観からしか読んでいけないのですが)、就職して結婚してちゃんと睡眠とって……っていうのを、一般人として生きていたら待っていたかもしれない「しあわせ」の形として思い描いて、でもそれを「まぁいっか」「なんてね」とおどけたように捨てる。一般人としての「しあわせ」を得ることを諦めて、アイドルとしての「しあわせ」を追っていく決意の表れではないでしょうか。こんなに優しくおどけた口調で、ものすごく強い意志を表明している。

 

 そして次の、

 

どんなにいまツラくたって 君を待ってるひとがいる

 

 というフレーズ。「君を待ってるひと」って、ファンのことですよね。彼らが一般的な「しあわせ」を捨てて、辛い思いをしても頑張っているのは、ファンのため、ということになります。この後に出てくる「自分だけは絶対離さないで」「本当の君でいいじゃん」「自分にだけは嘘をつかないで」というフレーズもすごい。芸能人って、自分についたイメージを守らなきゃいけない、みたいなところがあるじゃないですか。とりわけアイドルはそれが厳しいというか、アイドルが私たちに見せているのは「完璧につくられた偶像」である、というイメージがありました。でもここで歌われているのは、あくまで彼らが嘘のない自分として頑張っている姿です。しかも、その先に自分たちを「待ってるひと」=ファンがいるから頑張っている。もしかしなくても菊池風磨くん*2、めちゃくちゃ真摯にアイドルをやっているしめちゃくちゃ真摯にファンに向き合っていませんか?

 

 「待ってるひと」=ファン、と書きました。それでは「君」は一体誰か。これはもう、メンバーのことだと思います。1番は自分に向けた言葉ともとれるのですが、2番からは、あからさまに「君」に向けたメッセージになっています。

 

どんな時も笑顔でいる 優しいひと

隠れて泣いている 優しいひと

いつも頑張ってること 僕は分かっているからね

いまもずっと泣いて 今日もずっと泣いて

ここまでやってきたんでしょ 大丈夫

 

 「視線の優しさ」って、ちょっとでも余裕がなくなると忘れてしまいがちだと思うんです。でもここでは、一貫してメンバーに対する優しい視線が注がれている。菊池風磨くん、もしかしなくてもめちゃくちゃ優しい人ですよね。

 

それでも夜は明けるけれど 君にとってはツラいんだろうな

空には ゆっくり 雲が流れる

 

 ここもすごい。泣いている「君」に対して、ここまでやってきたの見てるよ、大丈夫だよ、って声をかけた後、「どんなに辛いことがあっても夜は明ける」って風には言わない。この言い方だと相手の心情を置いてけぼりにして無理やり前を向かせてる感じなんですけど、「夜は明けるけれど君にとってはツラいんだろうな」だと、もう完全に相手に寄り添った視点から出た言葉になります。その後の「空にはゆっくり雲が流れる」は、雲だってゆっくり流れてるんだから急がなくてもいいんじゃない?っていう気持ちが滲んでいて、これが「このままゆっくり歩こう」に繋がるんだと思います。急かしたりしません。本当に菊池風磨くんめちゃくちゃ優しい。しかもこの気持ちを直接的に伝えるんじゃなくて雲の描写にしたところが(私のイメージする)菊池風磨くんっぽい。

 

 そして大サビ。

 

いつもきっといまもずっと ぎゅっと抱いて たまにぎゅっと耐えて

笑いあった横顔思い出して

明日をちょっと待って そう胸を張って

このままゆっくり歩こう

 

 これも本当にすごい。「笑いあった横顔」っていうのは、きっとステージ上の光景ですよね。これからも辛いことが待ち受けているかもしれないけど、メンバーと笑いあった時のことを思い出して、崩れそうになっても一旦立ち止まって深呼吸しよう、みたいな。「横顔」っていうのが憎くないですか。基本的に、ファンがステージ上の彼らを見るときは正面からじゃないですか。もちろんそうじゃないこともあると思うけど、でも「横顔」って表現が出てくるのは、確実に彼らの隣にいるひと=菊池風磨の視線だからなんですよね。

 

 「胸を張って」もすごく素敵。先ほど真摯にファンを想ってアイドルやってる……!って感動しましたが、ここにも彼らの「アイドルでいること」に対する真摯さを感じます。やっぱりアイドルをやることって、思春期の男の子だったら気恥ずかしさとか、なんとなく斜に構えたくなったりするんじゃないかなと思うし、実際そういう時期ももしかしたらあったかもしれない(私は思春期の男の子だったこともアイドルだったこともないので推測でしかないけれど)のに、それを「胸を張って」=誇りにしてやってく、という、ここにも強い意志が見てとれます。いや菊池風磨くん本当にすごいかっこよくないですか!?

 

 

 ということを、今日「ぎゅっと」が届いてからずっとエンドレスで一曲だけリピートしながら考えていたらたまらなくなってエントリを書いたわけです。この曲と、この曲を書いた菊池風磨くんがどうしようもなく愛しい。菊池風磨くんの照れ顔がかわいい話は最初に書きましたが、そりゃここまでメンバーとファンに対する愛に溢れたメッセージなんだから照れて当たり前じゃん!? という気づきを得ました。今度お友達にセクゾのDVD鑑賞会に招待してもらったので、2018年は菊池風磨くん(とセクゾ)に夢中になろうと思います。次の元号、たぶんSexy。Sexy時代、到来してますので、アイドル史にきっと残る稀代の名曲、「ぎゅっと」、聴きましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:余談ですが我が家は毎年ジャニーズカウントダウンで年を越します

*2:彼がどこまで作詞に携わってるのか知らないのですが