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夢と現実いったりきたり

見たものの感想 思ったことなど

ぬいぐるみの話

 

私は手癖が悪い(ついでに、足癖も悪い)。家にいるときは常に何かを握っている。

 

物心ついた時には既に与えられていたぶたのぬいぐるみがいた。片手で握ると頭だけ出るくらいのサイズのぶたのぬいぐるみ。名前もつけていた。幼い私は指をしゃぶるかわりにずっとそのぬいぐるみを握っていた(らしい)。

 

このぶたのぬいぐるみには細かいのかなんなのかよくわからない設定があった。なんと月からやってきた王子なのだという。この設定を考えたのが親なのか自分なのかはわからないが、なぜぶたなのに月なのか。うさぎじゃないけどいいのか。まあとりあえず、そんなぬいぐるみだった。

 

お気に入りのタオルがないと眠れない、という人の話を聞いたことがある。私のぬいぐるみに対する感覚も大体そんな感じで、旅先にも必ず連れて行く程度には愛着があった。私はお絵かきが大好きな子供で、特に派手なドレスに身を包んだお姫さまを描くのが好きだった。昔の絵を見ると、お姫さまの横に必ずといっていいほど添えられているのは、ぶたのぬいぐるみの絵である。

私は物心ついた時からぶたのぬいぐるみの絵を描き続けた。いつの間にかそれは私の代名詞になり、ぶたのぬいぐるみの絵は署名と同意義だった。中学時代アイコン(その人を表す絵文字、docomoの絵文字準拠)が流行った時も私のアイコンはぶただった。でも、私が描いているのがぶたの絵ではなく、ぶたのぬいぐるみの絵であることをちゃんと知っているのは一部の友人だけだったと思う。

 

そんなある日、事件が起こった。中学の頃か高校の頃かは忘れたが、ぶたのぬいぐるみが失踪したのだ。ぬいぐるみが失踪とはこれいかに、という感じだが、月からやってきた王子などという設定つきのぬいぐるみはもはや生命体なのである。私は必死に探した。それ以前にもプチ失踪(大抵ベッドの裏に落ちていた)は幾度かあったし、今回も見つかるだろうと思っていた。けれど、遂に見つからないまま今に至る。母は、ぬいぐるみは月に帰ってしまったんだよ、と言った。中学生か高校生の娘を慰める台詞には思えないが、確かにそう言った。月に帰るわけがないのだが、部屋を隅々探しても見つからないし、本当に月に帰ったのかもしれないと思うことにした。

 

そこから少しの間、寝るときに握るものがないことに気づいた。ぬいぐるみなら他にもたくさん転がっているが、なかなかあの絶妙にくたびれたぶたのぬいぐるみの感触は出せない。もやもやしているところに、誕生日がきた。親は私に新しいぶたのぬいぐるみをプレゼントしてくれた。すごく嬉しかった。このぬいぐるみはぬいぐるみで、とても気に入っている。しかし、握り心地の点では全く異なるぬいぐるみだった。綿が多すぎるのだ。

 

新しいぶたのぬいぐるみはめちゃくちゃ可愛いと思う。今回は女の子で、表情も愛らしい。でも私が握って寝ることはない。その代わり握っているのは、祖母が海外のお土産で買ってきたアイピローである。その名の通りアイピローなので、目に乗せるのが本来の使い方だが、私は毎日手に握っていた。すると、元々はそこそこハリがあったアイピローは、くたびれた四角い物体になった。この握り心地は、初代ぶたのぬいぐるみとほとんど変わりがない。私は今日もこの元アイピローを握って眠る。なんの話だよ。