夢と現実いったりきたり

見たものの感想 思ったことなど

東京紀行

 

 

 ここ数年は年に1、2回東京ディズニーリゾートを訪れていて、今年の夏休みもTDSへ行った。いつもは往路も復路も友人と一緒なのだけど、今回は1人で帰ることになった。友人Aは千葉に住んでいて、友人Bも関東に滞在する用事があってA宅に泊まることになっていたからだ。舞浜駅には魔法がかかっていて、友人らと別れるのにさみしさは感じたけれどおおむね平気だった。ところが京葉線に乗り込んだとたん、すべての風景が現実味を帯びて流れ込んできた。疲れた顔で眠っている人、単語帳を読んでいる高校生、いちゃつくカップル、そういうものから逃れようとツイッターを開いたけど、生憎の圏外だった。ツイッターすら出来ないで何が首都だ、とひとりごちながら泣きそうになっていた。流石にもう20歳だし現実には泣かないけど。

 

 東京についた。乗り換えのアナウンスはやたら長くて、ここからならきっとどこへでも行けるのだなと思った。見慣れないbookexpressというところで暇つぶし用の本を買って、バス乗り場の位置を確かめてから、駅のトイレで化粧を落とした。隣で同じように化粧を落とし始めたお姉さんがいて、なんだか「あ、ひとりじゃないな」って勝手に勇気づけられた。バス出発まで1時間以上あった。首都で、1人で、しかもすっぴんで脚はパンパンで、初期装備のままボス戦に臨んでしまったRPGみたいな状況に「逆に最強だな」ってちょっと笑えた。iPhoneの充電がしたくて入ったドトールでは、コーヒーカップがちょっと汚れていてがっかりした。ホットじゃなくてアイスにすればよかったなと思った。ウォークマンで、先輩*1であるくるりの「東京」を聴いて、「東京の人ってこの曲をどんな気持ちで聴くんだろう」と思って周りを見渡したらどうやらリクルートスーツの学生みたいな人ばかりで、もしかしたらこの時間の東京駅には東京の人は少ないのかもしれない、と思った。以前は地方出身者から愛憎を向けられる東京のことを「かわいそうだな」と思ってたけど、なんだかその気持ちも分かるような気がした。ここには人をセンチメンタルにさせる何かがあるのは間違いない。「東京」って名付けられた曲のなんと多いことか。

 

 バスの時間が迫ってきたのでドトールを後にした。バス乗り場には大泉洋の特大パネルが掲示されていて、別段大泉洋のファンということはないのに思わず写真を撮ってしまった。4列シートに乗るのは初めてだったけどもう2度と乗りたくない。京都は終点ではないとバスに乗ってから気づき、最後の休憩を終えてから心配で眠れなかった。カーテンと窓の間に滑り込んで、だんだん明けていく風景を眺めながら、今だろ、とサカナクションの「朝の歌」を聴いた。あとブリグリの「長いため息のように」。どうでもいいことだけど、サカナクションが好きな人って誰よりも凡人っぽく思えるのはどうしてだろう。

 

 京都駅についたら、ソフトバンクかなにかの広告で壁一面に佐藤健の顔写真が張り出されていて、疲れ切ったすっぴんの私は泣きそうになってしまった。大泉洋には余裕で立ち向かえたのに。カメラロールの写真を見返しながら、ディズニーは当たり前に楽しかったけど東京駅も楽しかったな、と思った。泣きそうにはなってたけど。東京生まれ東京育ちの人ってこの微妙な感情をどこで感じるんだろう。気になる。

 

 

 

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*1:大学ではありません。念のため